御手洗冨士夫

元キヤノン社長

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御手洗冨士夫の名言

御手洗冨士夫の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 新規事業こそキヤノンの本業。キヤノンは変身を遂げて大きくなってきた会社。

  • 伸びる人とは、自分で自分をかき立てるエンジンを持っている人。自主的に、自分で自分を奮起させる力や精神構造を持っている人。

  • コミュニケーションをよくするうえで、最も大事なことは回数だ。

  • アメリカにはアメリカの良いところがあります。国民性の違いが社会運営の違いにもなるし、経営の仕方も違ってくる。日本流がいいとか、アメリカ流がいいとか、というのはナンセンス。意味がない。

  • 新卒採用で入って長く会社にいるからこそ愛社精神が育つ。日本の愛社精神は、不正を防ぐコーポレートガバナンスの機能を果たしていると考えることもできます。ひとりが自分の家族を思うように会社を愛せば、ルールがなくても不正は自然となくなる。それから、役員と社員の距離が近いことも経営のチェック機能になる。流動性の高い社会ではありえないことです。

  • 私は成長力を失った事業ポートフォリオを変えなければ、と思った。だが自前で技術を磨き、新しい事業を作る従来の多角化路線ではもう遅すぎる。自由主義陣営だけでゆっくり競争できていた東西冷戦の時代とは違い、今は中国や北欧など、世界の企業と激しく競争している。そこでM&Aを積極的に活用し、時間を買うことにした。どれもキヤノンの既存事業と親和性がある。そのうえで既存事業よりも成長力がある分野を選んでいる。

  • 流動性の高い社会は、せっかくその人材に投資しても辞めてしまうので、教育投資効率が悪いともいえる。終身雇用は安心して生涯教育ができる。それから、入社して一生勤めるつもりであれば、自分の会社を傷つけることはしないはず。終身雇用には文化的ガバナンスがある。

  • 外国の工場というのは丁寧な開発、精密で微妙な対話や認識を共有しようとしても言葉の制約があったりしてね。単に労働コストが安いから海外へ出ていく時代はもう過ぎた。

  • 原価に占める労働コストの比率を下げるということが一番大事なのであって、一人ひとりの賃金を下げることではない。働く人の一人ひとりの賃金は高くてもいいんです。むしろ、これからは高くしていかないといけない。

  • 効率的な組織の典型は、軍隊でしょう。ボトムアップでバラバラに動く軍隊なんてありません。全滅してしまいます。やはり基本はトップダウンです。トップが調査や議論をして、自分の責任で目標や戦略の基本を作るべきです。これは独裁とは違います。トップが考えを述べて、部下と話し、調整して手直しをする。社長に限らず、事業部長でも課長でも、集団のトップは自分の意見をはっきりと示し、そのうえで部下と交流していくべきです。

  • コンパクトカメラでもレンズ交換式でも、やみくもに数量を追わないという姿勢を維持します。安売り競争に巻き込まれないように、付加価値の高い製品を提供し利益優先主義で事業を進めていきます。

  • モノ作りは以前より精密になってきました。我々も工程管理を「%」から「個数」に変えました。不良品の発生率も「0.1%」と聞くと少なく聞こえますが、カメラを1000万台作っている我々にとっては0.1%でも1万台になってしまいます。

  • 1974年の大不況のとき、私はアメリカで40名を解雇せざるをえませんでした。アメリカなら解雇しやすいだろうと思われるかもしれませんが、実際にやってみると、一生懸命やっていた人たちを解雇することほどつらいことはないと悟りました。あんな思いは二度としたくないと、そのとき誓ったのです。

  • 終身雇用の良さは、社員が長期的に物事を考えられることです。こうした環境は、流動的でぷっつんぷっつんと切れるアメリカ型の環境より優れていると思います。日本のジャーナリズムは、日本のコアコンピタンスを古臭いと言ってけなすけれども、あまりに自虐的で嘆かわしいですね。もっと日本の企業風土の特徴を肯定し、誇りを持たなければいけないんじゃないですか。

  • 生産の国内回帰を進めているのは、生産現場の人材の質は日本が圧倒的に高いことが大きな理由です。

  • 目標設定は、権限のあるトップが的確に行うことが絶対に必要です。トップダウンは独裁的との批判もありますが、ボトムアップこそ、トップの責任回避です。

  • 企業統治の問題は、つまるところ、トップの使命感に帰結する。

  • 株主総会で「東芝メディカルは高いんじゃないか?」と質問されたが、それはファンドの発想だ。ファンドにとって会社は商品だから、純利益、純資産と解散価値だけで見る。メーカーの発想は全然違う。私は会社を売るつもりで買うわけではない。10年、20年先を考えると、あの金額はリーズナブル、むしろ安かったなと思っている。永遠の成長力を導入するという企業の目的に照らせば高くはない。合理的だ。

  • 資本戦略や開発戦略はインターナショナルだ。しかし人事はローカルなものだ。移民が多く多宗教多民族で、ルールで成り立っている流動性の高い米国社会には米国のやり方がある。しかし日本は基本的には同一民族で、互助の精神が社会にある。だとすれば、その特色を生かす経営のやり方が合理的だ。日本では終身雇用が合理的だと考えている。

  • 技術を活用して、かなりの高付加価値製品を生んでいく。そして製造コストを生産技術によって下げていく。この2つを徹底的にやっていかなければいけない。

  • スマホは全てが新しい技術でできているわけではありません。既存の技術を「編集」している部分が非常に多いのです。技術の組み合わせです。視点を変えつつも、時代の要請に合った「編集技術」というイノベーションの好事例でしょう。

  • いつの時代でも企業にとって大切なことはイノベーションに尽きる。イノベーションによって新しい価値を生み、新たな産業を創り、雇用を増やし、国家財政を豊かにしていくことに貢献していくべき。

  • 私はいつも、ハイブリッド経営だと言っています。アメリカ流のいいところは取り入れて、悪いところは取り入れない。日本には日本の良いところがありますし、やはり、その国に合った経営をするのが一番いいと思う。

  • 終身雇用制のいいところは、多くの社員は終身雇用という前提で入社してくるので、たいていの社員は初めから会社に対する愛情を持っています。つまり愛社精神という文化的なコーポレートガバナンスが醸成されやすい。これが第一。それから教育をしやすいし、それが蓄積します。社員が失敗しても、その失敗が人と同時に残って、二度と繰り返さなくなる。

  • 私が着任当時わずか社員13人だったキヤノンUSAが、23年後の帰任時にはトータルで6400人を要するまでに成長する過程で、ずっと第一線に立ち続け、多くの経験を積みました。その経験を通して、私なりに真の国際人に求められる条件を模索してきました。その基本は「違い」を理解できることです。日本と欧米はどこが違うのか知ることです。

  • 各地方は自分たちの力で自分たちを強くするという仕組みに変えていかなければ、真の意味での地方活性化はできないと思う。

  • 横並びの年功序列は良くないが、長期雇用で安心して仕事に打ち込めれば、その道にプロになれるし、生活設計も安定します。

  • 数字なき物語も、物語なき数字も意味はない。

  • 数字とその実現を約束する物語を示すことで、経営計画の信憑性を高め、市場や株主からの信頼性を確保する。数字力が言葉に信の力を与える。

  • 目標を数字で表現すると、その数字の実現に何をどうすればいいのか、誰がどのような筋書きでどのような仕事をし、それにはどんな場面が必要なのか、方法論としての物語が浮かび上がってくる

御手洗冨士夫の名言を見ている方へお薦めする名言

御手洗冨士夫の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

御手洗冨士夫について

御手洗冨士夫(みたらい・ふじお)はキヤノンの創業家である御手洗家に生まれ、第6代、第8代、第10代キヤノン社を務めた人物。事業の選択と集中を進めることで主力事業のプリンター、デジタルカメラ、産業機器の分野でシェアを高め、キヤノンを高収益の優良企業に変貌させた。2003年には米ビジネスウィーク誌の「世界の経営者25人」に選ばれている。一方で晩年はペーパーレス化の進展によるプリンター事業の不振、スマートフォンの普及によるデジタルカメラの需要減少など社会の変化に悩まされた。ラグビーワールドカップ2019組織委員会会長、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会名誉会長も務めた。2013年(平成23年)、旭日大綬章受章。

1935年(昭和10年)9月23日、現在の大分県佐伯市に生まれる。キヤノンの創業者である御手洗毅は叔父にあたる。中央大学法学部に入学し弁護士を目指したが挫折し1961年(昭和36年)キヤノンに入社。1966年(昭和41年)アメリカの子会社キヤノンUSAに出向し、その後は長年アメリカで活躍。1979年(昭和54年)にキヤノンUSAの社長に就任した。1981年(昭和56年)、キヤノンUSA社長のまま取締役に昇格。1995年(平成7年)、社長だった御手洗毅の子・御手洗肇が在職のまま死去。それにより御手洗冨士夫が代表取締役社長に就任した。

キヤノン社長となった御手洗冨士夫は長年のアメリカでの経験を活かし、液晶ディスプレイ、記録用ディスク、PC事業など低収益だった事業から撤退。プリンター、デジタルカメラ、産業機器などの高収益事業に経営資源を集中。さらに、セル生産方式を導入するなどしてキヤノンを優良企業へと変貌させた。また、米国流の株主への還元を重視する経営を実践し、配当金を大幅に増額していった。2006年(平成18年)、御手洗冨士夫は経団連会長への就任に伴ってキヤノン社長を退任して会長へと退いた。2010年(平成20年)、経団連会長を退任。2010年代に入ると、デジタル化など社会の変化により主力のプリンター事業やデジタルカメラ事業が不振に陥り、それまで伸び続けてきた業績の伸びが止まってしまう。そんな中、御手洗冨士夫は2012年(平成22年)、会長と兼務する形でキヤノン社長に復帰し自ら経営を行う。新たな事業の柱として医療分野に力を入れ、東芝メディカルシステムズを買収するなどした。2016年(平成28年)再び社長を退任して会長に退く。2020年(令和2年)社長に復帰。