井深大

ソニー創業者

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井深大の名言

井深大の過去の名言をまとめた名言集です。

  • アイデアが重要なのではない。一つのアイデアをどうやって具体的にしていくかが重要だ

  • 企業にとって重要なのは発明より革新なのだ。その革新は、実はたわいのない夢を大切にすることから生まれる。

  • 人のやってることはやるな。人のやらないことだけに集中しよう。

  • 未来を予測するということは、あんまり意味ないんじゃないかと思うのであります。未来ってのは、作り出すものです。

  • この人にはこれだけしか能力がないなどと決めつけては、能力は引き出せません。

  • ものの種類であれ、作り方であれ、売り方であれ、新しいものを考案しよう。真似では勝利は得られない。

  • 開発や製造計画を先に作り固定してはいけない。計画を作るとそれに縛られてしまい、創意工夫がなされない。仮にうまくいっても、計画より早くはならない。

  • 積み重ね方式でこれが出来たからこれにしよう、その次はこれをやろうというのでは、とうてい出来っこない。

  • なぜ、そういう考え方をするのか。そんな数年後ではない。10年後、20年後でもなく、30年後、40年後にはどうなっている、どうなるべきだから、という考え方をしないといけない。

  • ただアイデアだけ出して独創性だ創造性だと言っても仕方がないんだよね。

  • 決まった仕事を、決まったようにやるということは、時代遅れであるということを考えなければならないのを、日本全体が忘れているんではないか。

  • 本当の経営者は、来年、再来年に何をやるかというときに、だんだん広げていくのじゃなしに、だんだん狭めていく、そこに集中するために、いらんことはやめていく。そうでなければ集中できない。

  • 本当の経営者は、来年、再来年に何をやろうかと言うときに、ターゲットを広げず、むしろ狭めていく。そこに集中するために、無駄を省いていく。

  • トップに立つ人は、泥をかぶる覚悟で仕事に立ち向かえ。それでだめだったら潔くシャッポを脱いで謝る。ただ責任ということで、けじめをつけようとすることは間違いだ

  • 自分が思ったことを通していくと、それがやがて真理になっていく。

  • 一番のモットーは、他の人が既にやってしまったことは、やらないこと。

  • どこもやらないことをやるというのは、まだマーケットも存在しないということでね。ソニーはずっとそうやって一から始めて来たわけですよ。

  • 商品イメージ、目的、スケジュールも含めて、はっきりとしたターゲットを示すことが全員一致の力を引き出すのです。

  • 社会をリードしていく人間の、基本的能力とは何か。それが「人徳」であると私は思います。

  • トライ・アンド・エラーを、繰り返すことが経験、蓄積になる。
独自のノウハウはそうやってできていく

  • 枠の中からどうやって飛び出すかが重要。技術に感性を結びつけると、大きな飛躍ができる。

  • 人真似をしない。新しいことを手掛けよう。それは大変なことだが、一つ乗り越えると新しい境地が必ず開かれるから。

  • 人がやったというニュースだけで日本では同じものがすぐにできるという不思議な性質がある。これはそれをつくるだけの技術力は十分持っていながら、これを思い切って企業化しようという勇気に欠けていることを証明しているようだ。すべての分野で日本の技術力に自信を持ち、思い切った決断を下せるようになったときこそ真の日本の暁は訪れるだろう。

  • 難しいからこそ我々がやる価値がある。

  • ソニーの製品は、どこでつくられてどこへどういう形で出荷されようとも、結局はソニーが責任を持たなければなりません。

  • 自分が、こりゃぁいいってものを見つけたらね、ある程度モノにするまで自分で頑張って、上司に見せて、理解されなかったらケンカしてでもやるんだってぇ気持ちがないと、本物にはならないね。

  • 我々、小さいところから始めるわけだから他と同じことをやっていたらあっというまにやられてしまう。そういう根性から、独自の道を歩んだわけです。

  • デジタルだ、アナログだということは道具だてに過ぎない。技術革新にも入るか入らないくらい。やっぱりニューパラダイムを考える人というものが、少なくとも21世紀に対しての備えとしてソニーに必要なわけなんで、そういうパラダイムの大ディスカッションをやるような機会というものをぜひ作ってもらいたい。今日明日のことをどうするかと言うことも大切だが、21世紀のソニーはどうするかっていうことの備えもしてもらいたいというのが、私の遺言でございます。

    出典:  1992年1月24日、新高輪プリンスホテル、ソニーの「マネジメント合同」にて

  • 企業体の中にあって、何をやめるべきかが非常に大切なことである。新しい、よい分野に展開する秘訣は、必ず捨てなければならないものを捨てることだ。資本に限度があり、スペースに限度があり、特に能力のある人に限度があることを知らなければならない。

  • ヒット商品は、時代に迎合しない新しい発想から生まれる。

井深大について

井深大は盛田昭夫とともに東京通信工業株式会社(現ソニー)を創業。1950年から1971年まで約21年もの間社長を務めた。この間にソニーはトランジスタラジオ、トリニトロンカラーテレビなどが大ヒットし世界的な大企業へと上り詰めた。

1908年(明治41年)現在の栃木県日光市生まれ。2歳で父が死去し、愛知県安城市の祖父のもとで暮らす。さらに母が再婚し神戸市中央区に転居。兵庫県立神戸高等学校を卒業し早稲田大学理工学部に入学。在学中に発明した「走るネオン」がパリ万国博覧会において優秀発明賞を受賞。これは高周波電流を流して周波数を変えることで表示を変化させることができるネオン管で、特許も取得した。卒業後、井深大は東京芝浦電気(東芝)を入社を志望したが不採用となり、写真化学研究所に入社。のちに日本光音工業に移り、同社の出資で日本測定器株式会社を設立して常務となった。日本測定器は日本軍向けの電子機器を開発しており、第二次大戦中、日本海軍技術中尉だった盛田昭夫と知り合う。

戦後の1946年(昭和21年)盛田昭夫とともに東京通信工業を設立。設立当時は従業員20名で、社長は義父の前田多門、井深大は専務を務め、主な事業は真空管電圧計を製造・販売だった。設立趣意書に記載された「真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ 自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」という文言は有名。1950年(昭和25年)井深大が社長となり、同年日本初のテープレコーダーを発売。トランジスタの自社生産に乗り出し、1955年(昭和30年)、日本初のトランジスタラジオ「TR-55」を発売。1958年(昭和33年)東京通信工業株式会社からソニー株式会社に改称し、東証一部上場を果たした。1961年(昭和36年)には世界初のビデオテープレコーダー「SV-201」を開発。カラーテレビの開発では他社に出遅れたが1967年(昭和42年)に高画質のトリニトロンカラーテレビを開発して巻き返した。1975年(昭和50年)家庭用ビデオカセット「ベータマックス」の開発を推進し、発売するが、これはのちに日本ビクターの「VHS」との規格争いに敗れ撤退している。同年井深大はソニー社長を退任し会長に就任。1990年(平成2年)には会長を退任し名誉会長に就任。1992年(平成4年)文化勲章受章。1997年(平成9年)死去。享年89歳。

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