ニーチェ

哲学者

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ニーチェの名言

ニーチェの過去の名言をまとめた名言集です。

  • 人生には進歩と退歩の二つしかない。現状維持とはつまり退歩している証なのだ。

  • 若者を確実に堕落させる方法がある。違う思想を持つ者よりも同じ思想を持つ者を尊重するように指導することである。

  • 個人における狂気はわりあい稀なものである。しかし、集団、院派、国民、時代などにおいては狂気は通則である。

  • あなたがたの実力以上に有徳であろうとするな。できそうもないことをおのれに要求するな。

    出典:  ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」

  • 天賦の才能がないといっても悲観すべきではない。才能がないと思うのならば、それを習得すればいいのだ。

    出典:  ニーチェ「ニーチェ全集7・曙光」

  • 高く登ろうと思うなら、自分の足を使うことだ。高い所へは、他人によって運ばれてはならない。人の背中や頭に乗ってはならない。

    出典:  ニーチェ「若き人々への言葉」

  • 恋愛とは短期的愚行。結婚生活とは、短期的愚行にピリオドを打つ長期的愚行。

  • 脱皮できない蛇は滅びる。同様に、意見を変えることをやめた知性は途絶えてしまう。

  • 結婚とは、幻想を父とし、必要性を母として生まれるものである。

  • 人がいるか、いないかは私が孤独であるかどうかに影響しない。逆に私は、心からの付き合いをするつもりがないのに、私の孤立を破ろうとする人を憎む。

  • 自分の意見を隠すか、さもなければ、その意見の影に自分を隠すか、そのいずれかがよい。

  • あらゆる人間は、いかなる時代におけるのと同じく、現在でも奴隷と自由人に分かれる。自分の一日の三分の二を自己のために持っていない者は奴隷である。

  • 多く考える人は党員には向かない。というのは党派などを突き抜けて考えてしまうからである。

  • 一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている。

  • 高く舞い上がれば上がるほど、飛べない人たちからは小さく見えるものだ。

  • 我々の進む道の先には常に岩がある。それを障害物とするか、踏み石とするか、どう使うかはあなた次第だ。

  • 支配には二種類がある。一つは、支配欲につき動かされた支配だ。もう一つは、誰からも支配されたくないために行う支配だ。

    出典:  ニーチェ全集7・曙光

  • 結婚生活は長い会話である。結婚生活ではほかのことはすべて変化してゆくが、一緒の時間の大部分は会話に属する。

  • 我々が不意に、ある事柄について問われた場合に思いつく最初の意見は、一般に我々の意見ではなく、我々の階級・地位・素性につきものの決まり文句にすぎない。

  • 道徳的理想の勝利は、他のいずれの勝利と同じく、「非道徳的」手段によって、つまり暴力・虚言・誹謗・不正によって得られる。

  • 自分に命令する力のない者ほど、自分を命令する者を求める。

  • ものごとを完成させるには、才能や技量よりも時間による成熟を信じながら絶えず進んでいくという気質が、決定的な役割を果たす。

  • 本来のあなたでありなさい。あなたしかできないことをしなさい。

  • 個人が狂気に走るということは稀である。しかし、集団、組織、国家そして時代にとってはそれが習わしだ。

  • 人々は真実を聞きたがらないことがある。なぜなら、彼らの幻想が破壊されてしまうからだ。

  • なぜ生きるのかをわきまえているものは、ほとんどあらゆることに耐えられる。

  • 意味が見つからないから良き人生を送れないのではなく、良き人生を送れないからこそ意味にすがるのだ。

  • 他人に依存しないのは、ごく少数の人達のみにかかわることで、それは強者の特権である。

    出典:  ニーチェ「善悪の彼岸」

  • 結婚ーいかなる羅針盤もかつて航路を発見したことがない荒海への出港である。

  • 母親は息子の友人が成功すると妬む。母親は息子よりも息子の中の自分を愛しているのである。

ニーチェについて

実存主義の代表的な思想家。当時の人々の精神状況に関する鋭い分析を行い、「神は死んだ」としてキリスト教を弱者の道徳として痛烈に批判。強者の道徳として、永劫回帰・力への意志の世界においてニヒリズムを克服し、「超人」として生きるべきと主張した。

ニーチェは1844年にプロイセン王国領プロヴィンツ・ザクセン(現在のドイツ・ザクセン=アンハルト州)のライプツィヒ近郊のレッツェン・バイ・リュッケンに生まれる。音楽と国語で優れた才能を見せ、ドイツ屈指の名門校プフォルタ学院を卒業。ボン大学では神学と哲学を学ぶ。

大学卒業後、ニーチェはバーゼル大学で古典文献学の教授として働き、1872年には処女作『悲劇の誕生』を発表するも評判は芳しくなかった。1879年には偏頭痛や胃痛を訴えるなど体調を崩し、バーゼル大学を辞職。その後は病気の療養をしながら哲学者として活動。「人間的な、あまりにも人間的な」、「曙光」、「悦ばしき知識」、「ツァラトゥストラはかく語りき」などを発表した。1900年ニーチェは肺炎により死去。享年55歳。

ニーチェは近代ヨーロッパ文明を批判。俗物化した市民社会におけるキリスト教的道徳は弱者の道徳であり、生を弱めるものに他ならないとした。ニーチェは既成道徳からの脱却と、生の苦痛に耐え、これを超越して生命力である強者の道徳を求めるべきであるとした。そしてそれを実現した理想の存在を「超人」と表現した。

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