二宮金次郎

農政家、幕臣

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二宮金次郎(二宮尊徳)の名言

二宮金次郎の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。

    出典:  「二宮尊徳の生涯と業績」

  • 大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし。大事を成さんと欲して小事を怠り、その成り難きを憂いて、成り易きを務めざる者は、小人の常なり。それ小を積めば大となる。

    出典:  「二宮翁夜話」

  • 道徳を忘れた経済は、罪悪である。経済を忘れた道徳は、寝言である。

  • 貧となり富となるのは偶然ではない。富もよってきたる原因があり、貧もそうである。人はみな、財貸は富者のところに集まると思っているが、そうではない。節倹なところと、勉励するところに集まるのだ。

  • およそ人と生まれ出た以上は、死ぬのは必定だ。長生きといっても取るに足らぬほどの相違で、たとえばロウソクに大中小とあるようなものだ。人と生まれ出た以上は必ず死ぬものと覚悟してしまえば、一日生きれば一日の儲け、一年生きれば一生の得だ。

  • 貧者は昨日のために今日働き、富者は明日のために今日働く。

  • 世の中の人はみんな、聖人は無欲だと思っているが、そうではない。その実は大欲であって、正大なのだ。賢人がこれに次ぐもので、君子はそのまた次だ。凡夫のごときは、小欲のもっとも小なるものだ。

  • 百万石の米といえども粒の大なるにあらず。万町の田を耕すも、そのわざは一鍬ずつの功による。

    解説:  百万石の米という膨大な量の米でも、その粒が大きいのではなく、小さな一粒一粒の米が集まったものだ。広大な田を耕すのも、一鍬、一鍬すこしずつ耕していく成果だ。つまり、大きな成果をあげるに当っても、それは小さな成果を積み重ねることによって達成されるものである。何か大きなことをしようと思えば、コツコツと努力を積み重ねることだ。

  • およそ小人の常、大いなることを欲して小なる事を怠り、出来がたき事を憂ひて出来易き事を勤めず。それ故、終に大いなる事をなすに能わず。

    解説:  器量の小さい人が陥りがちな問題。壮大な計画を成し遂げようとしながら、小さなことをおろそかにする。さらに、出来もしないことを嘆いて、できることから始めない。それゆえに、ついには壮大な計画を成し遂げることはできなくなる。まずは小さなことでもできることから始めるのが壮大な構想を実現するためには必要である。

  • 私が倹約を尊ぶのは、その後に活用することがあるからである。住居を簡素にし、服や食を粗末にするのは、資本を作り、国を富ませ、万人を救済するためである。目的があるのが倹約である。

  • 翁いわく世の中に真の大道はただ一筋なり、神といい儒といい仏という、皆同じく大道に入るべき入口の名なり。

    解説:  神道、儒教、仏教など世の中に宗教や教えはたくさんあるが、それらは皆同じ大道に繋がる入り口なのだ。真の大道というのは世の中にたった一つしかない。それぞれの宗教や教えの方法で心を磨き、鍛錬を積むことによって、真の大道へとたどり着くことができるのである。

  • 善悪と言っても、天が決めたものではなく。結局、人間にとって便利かどうかだけの話である。

  • 両方が得をして、両方が喜べるような間柄を作ることに、知恵を働かせるのがよい。

  • 世の中には、人がまだ捨ててはいないが、活用していないものが多い。これらをよく拾い集めて、国家を再興する資本とすれば、多くの人を助け、まだ余りが出る。これが私が小さい頃から行ってきた道である。

  • 尊い人の道も書物に書いた時は、世の中を潤すことはなく、世の中の役に立つこともない。それは、水が凍ったようなものである。この氷となった書物は、胸中の熱を使って元の水に戻さなければ役に立たない。書物を理解して実行する力を尊ぶのである。

  • 大事をなしとげようと思う者は、まず小さな事を怠らず努めるがよい。それは、小を積んで大となるからである。大体、普通、世間の人は事をしようとして、小事を怠り、でき難いことに頭を悩ましているが、でき易いことを努めない。それで大きなこともできない。大は小を積んで、大となることを知らぬからである。

  • 下方向や楽な方に比較をしてものを言う者は怠け者である。まだこんな時間か、まだ仕事や勉強ができると、上方向や困難な方に比較をしてものを言う者は勉強家、働き者である。一言を聞いても人の勤勉・怠惰は分かるものだ。

  • 商売をするときは、金を儲けようなどと考えずに、ひたすら商道の本意を勤めなさい。よく商人の本意を守って努力すれば財は求めなくても集まり、豊かになることは計り知れない。

  • 世間一般の人の願望は、もとより遂げられるものではない。というのは、願っても叶わぬ事を願うからだ。

  • 万事はどうなるかという先を見通して、前もって決めておくことが肝心だ。人は生まれると必ず死ぬべきものである。死ぬべきものだということを前に思い定めてかかれば、生きているだけ日々もうけものだ。これが、わが道の悟りである。

  • 悪いことをした、やれまちがったと気づいても、改めなければしかたがない。世の中のことは、実行によらなければ事は成就しない。

  • 遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す。

  • 正しい道というものは、必ずこの世の人々に利益をもたらすものである。学問をする時も、修行をする時も、このことが実現できなければ、人の世には何の利益ももたらさない無用のものとなる。

  • この仮の身を、わが身とは思わずに、生涯一途に世のため、人のためをのみを想いながら、国のため、天下のために貢献できることだけに励み、一人でも、一家でも、一村でも貧乏から抜け出て裕福になることを想い勤め、怠らないようにしているのである。これが私の覚悟である。

  • 衰えた村を復興させるには、篤実精励の良民を選んで大いにこれを表彰し、一村の模範とし、それによって放逸無頼の貧民がついに化して篤実精励の良民となるように導くのである。ひとまず放逸無頼の貧民をさし置いて、離散滅亡するにまかせるのが、わが法の秘訣なのだ。

  • 学問は、学んだことを活用してこそ意味がある。活用しなければ、幾ら沢山の本を読んだとしても、意味はない。

  • 人々にはそれぞれ長所もあり、短所があるのは仕方がない。相手の長じているところを友として、劣っているところは友としてはいけない。人の短所を捨て、長所を友とするのだ。

  • すでに熟したものを差し置いて、まだ熟しないものを心配している。これは人情の常である。しかし、まだ熟しないものを心配するより、すでに熟したものを取り入れる方が、どれほど良いかわからぬ。

  • よく徳に報いる者は、将来の繁栄のことはさておき、今日ただいまの丹精を心掛けるから自然と幸福を受けて、富貴がその身を離れない。

  • 貧者は昨日のために今日つとめ、昨年のために今年つとめる。それゆえ終身苦しんでも、そのかいがない。富者は明日のために今日つとめ、来年のために今年つとめるから、安楽自在ですることなすことみな成就する。

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二宮金次郎(二宮尊徳)の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

二宮金次郎(二宮尊徳)について

二宮金次郎は江戸時代後期の幕臣、農政家。経世済民(「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という意味)を目指し、報徳思想を唱え、農村復興政策を指導した。現代になって小学校や中学校に勤勉の象徴として多くの銅像が建てられたことでも有名。本名は二宮尊徳と言い、二宮金次郎というのは通称。

1787年(天明7年)現在の神奈川県小田原市に百姓の息子として産まれる。実家はかつては豊かな百姓だったが、父が散財を重ね困窮して田を質入れするなど没落。二宮金次郎は親族の百姓に身を寄せて身を粉にして働いた。20歳になると二宮金次郎は実家の再興に着手。働いて得た財産をもとに田畑を買い戻し、小作人を雇うなどして収入を増加させ、見事復活させた。

実家の再興に成功した二宮金次郎に対し、小田原藩の家老で、家計が困窮していた服部十郎兵衛が家政の立て直しを依頼。財産の整理と節約によって、5年ほど手千両あった負債の返済に目処を立てた。以降、二宮金次郎のもとには家政の立て直し依頼が相次ぎ、荒廃していた下野国芳賀郡桜町の再興、下野烏山の領民救済、谷田部細川家の家政再興などを成し遂げた。1842年(天保13年)には幕府に召し抱えられ、天領(幕府直轄領)の立て直しなどを担当した。1856年(安政3年)69歳で死去。