まつもとゆきひろ

ソフトウェアエンジニア

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まつもとゆきひろ(Matz)の名言

まつもとゆきひろの過去の名言をまとめた名言集です。

  • プログラミングは本来とても楽しいものです。プログラミングはとても刺激的で創造的でわくわくする知的活動です。

    出典:  まつもとゆきひろ「コードの世界」

  • 技術者をずっと続けられたらいいな、というのが私の究極のゴールです。やはり、年齢が高くなると、ソフトウェ ア開発の一線から外れてマネジメントに回りましょうとか、経営に回りましょうという話があるので、そ うではなく、ずっと、ソフトウェアをデザインする人でいたいなと思いますね。

  • 大学でプログラミング言語自体を学ぶ授業はなかったので図書館で本を読んで学んでいました。田舎だと資料がなかなか手に入らないんですけど、大学の図書館に行けば、本や論文、なんでも読むことができますからね。ここは天国じゃないのかと思いましたね。

  • 「なぜRubyを開発したのか」。そのように問われるときに、もっとも適切な答えは、Linux開発者であるLinus Torvaldsの言葉と同じではないかと思います。「それが僕には楽しかったから」。

    出典:  まつもとゆきひろ「コードの世界」

  • われわれは機械ではないので、やりたいと思うときに、何かを達成できるんです。何かを達成するには、突き動かす内なる力が必要です。それはモチベーションによって現れるんですね。

  • 日本の技術者の採用は、技術者個人も企業側も、どちらもすごく固定化しているという印象ですね。日本の求人市場は、何も知らない新人をその企業が望む色に染めるか、「自分の得意な技術であればやります」という人が条件に合ったら採るかのどちらかしかない。実際は必要が生じたら何でも学ぶというのが正しい姿じゃないですか? そして大概の人は、それまでやったことがなくたって学べば分かるようになる。どうも実体と違う思い込みが横行しているような気がします。

  • プログラミングができる というのは、自分の選択肢を広げる大きな武器になるので、そういう武器を持って自分の選択肢を広げて、 自分の行く末を自分で決められる人が増えてほしいと個人的には希望しています。

  • 「自発」が大事なんじゃないかなって思います。口を開けて待っている人ってこの業界にたくさんいると思うんですけど、自分が何をしたいのかとか自分が何を学ぶのかってことは他の人には聞いてはいけないと思うんですよね。

  • Rubyは、僕自分が気分よく開発できる言語を作ろうと思って、設計しました。「世界中の人に使ってもらおう」「ひと儲けしよう」なんて考えていませんでした。

  • この地上で、誰一人としてイノベーションのことを理解してないんですね。イノベーションを起こした人ですら、実は理解してない。

    出典:  札幌Ruby会議2012

  • エンジニアであるのなら、積極的に勉強するとか、新しい技術に興味を持つとかいうのは自然とできることだと思いますけどね。そうでない人というのは仕事として渋々やっているわけで、できれば勉強もプログラミングもしたくないのでしょう。お金さえもらえれば、エンジニア以外の仕事であっても特に変わらないわけで。でも本当はプログラミングってすごく面白いんですよ。何が面白いかって、例えば使っているソフトに気に入らないことがあったら、すぐにカスタマイズして自分の思い通りにすることができる。

  • あの頃の僕には、のちにRubyと呼ばれるプログラミング言語を作るだけの、十分な時間と、一台のコンピューターと、大きな情熱があった。

  • Rubyはたまたま世界に広がりましたけど、それまでの私は、人より少しできるくらいのプログラマだと自覚していて、周りの人がほめてくれるとこそばゆく感じるくらいのエンジニアでした。

  • オープンソースだけで生活している人はまだまだ少ないですし、それからシニアに なってもずっと技術者でいるというのは、日本ではまだまだ少数派です。社会に対して、技術者のままでい いよ、というモデルを示すことを目指しています。

  • そう遠くない将来、全ての企業が IT企業になると思います。ITを活用するかどうかという選択が生命線になりつつあるわけですね。更に進 んで、IT に対してどのような投資をするのか、あるいはどのような戦略的経営判断をするのかが、どの業 種にあっても重要になります。

  • もちろん、コンピュータサイエンスの勉強をしていた方がいいし、知識もあった方がいんだけど、それよりもなによりも自発的に何かするって気持ちがあれば、そういうのはついてくると思うんです。

  • Rubyは基本的に自己満足なんですよね。こういうのがあれば自己満足ができるぞ、こんな言語作った俺ってスゲェ! と思える言語をと思いながら作っていました。

  • もし皆さんも、コードを書くということにアイデンティティを感じているなら、コードを書いているときが幸せですよね。アイデンティティのあるところに幸せがあるのですから。だから、つまんない議論とか、考察とか、調整とか、そういうめんどくさいことをやめて自由にコードを書きましょうよ。強制されずに、幸せに書きましょう。

  • 再現性がないんですよ。イノベーションは再現できないんです。

    出典:  札幌Ruby会議2012

  • 東京に仕事がたくさんあるから東京で働くという人がいますが、自分ができる仕事は一つだけ。だから一つあればいいんですよ。希少価値がある方が値段は高くなるわけだから、少ない方がむしろいい。求人数が多いということは他の人もみんなそこへ行くということだから、希少価値はない。そんなに自分を安売りする必要はないでしょう。

  • 世の中の多くのエンジニアは残念ながら、上司やお客さんから言われた通りに部品を作って、それを組み込んでいくという働き方になりがちですが、ある程度より上のレベルになるには、それだけでは十分ではありません。自分が作ったものの影響力、時には世界的なインパクトも含めて、未来を想像できる力がけっこう大事だと思います。

  • ものづくりとソフトウェア開発との間に比喩を使うのは危なくて、例えば、「ちょっ と仕事が遅れているので人を足しましょう」みたいな話 も起こりますが、ソフトウェア開発に人を足すと遅くなる、というのは昔から言われていることです。

  • 日本は十分に豊かで、日本人と日本語だけで 生きていけますから、「日本だけでいいや」という意識 は、日本人の誰もが持っていると思います。これが国際展開が進まない要因だと思います。

  • 内側から自然に出てくる何かがエンジニアとして差別化する材料じゃないかと思うんですよ。それにプラスして成功するには自分を見つめるとかゴールを設定するとかっていう戦略とかってありますよね。でも、なによりも重要な動機づけっていうのは、他の人には分けてあげられないんですよ。命みたいなもんで、「私は命は2つ持ってきた」というのは現実的にはないんで。

  • 他の人と同じでなければいけないっていう圧力に対してもっと鈍感であってもいいんじゃないかなって思いますね。今日もいろいろ話してきましたけど、私がうまくいったのって大概逆張りをしたときなんですね。

  • プログラミングに触れたことがない子供たちに、体験の機会が与えられれば、隠れた才能を発掘できるかもしれないとは考えています。でも、学校教育にはあまり期待していません。プログラミングをおもしろいと思っている先生に教わらなければ、楽しさが伝わりませんし、楽しさが分からないと、継続する動機付けにはならない。

  • プログラム言語に関心を持ったのは、高校生の頃です。父がテクノロジー好きで、ポケットコンピューター(パソコン黎明<れいめい>期の1980年代に販売された小型機)などが家にある環境だったことが影響しています。近所の本屋でプログラミングの本や雑誌を買い、世の中にはいろいろなプログラミング言語があって、それぞれ思想や哲学に基づいてデザインされていることを発見しました。それなら自分の考えるプログラム言語を作ってみたいと思いました。

  • ある人はプログラミング言語に対して情熱を感じるかもしれないし、ある人はアプリに情熱を感じるかもしれない。ある人はスポーツかもしれません。何らかの情熱があって、それに突き動かされているときに偉大なことができるんじゃないかなという風に思うんですね。

  • 「なぜRubyは世界中で使われるようになったのですか」と聞く人がいるのですけど、内心は「分かりません」と答えたいんです。だけど、インタビュワーに嫌な顔をされるので、もっともらしいことを答えるんです。 「コミュニティが~」とか適当なことをいろいろ言って。でも、分かりませんっていうのが正直な気持ち。分かりませんよ。

  • 自分にとっていい言語を作りたい、という思いは今でも変わりません。Rubyに不満を感じる人がいない状態が理想なのではなく、Rubyが優れた言語であることが理想なのです。

まつもとゆきひろ(Matz)について

まつもとゆきひろはプログラミング言語「Ruby」の開発で有名なソフトウェアエンジニア。本名は松本行弘、通称はMatz。Matzはgithubのアカウント名に由来する。Rubyは「エンジニアが書いていて楽しい」ことがコンセプトのプログラミング言語で、自然言語のような柔軟性のある書き方ができること、全ての型がオブジェクトであることが特徴。1995年に公開されると、世界中のプログラマーからの注目を集め、活発なユーザーコミュニティが形成される。webアプリケーションフレームワーク「Ruby on rails」の人気もあり、今では主要プログラミング言語の1つになっている。これは日本発のプログラミング言語としては異例の快挙である。

1965年鳥取県米子市生まれ。中学生の時、父親が買ってきたポケットコンピューターに夢中になり、プログラミング言語「BASIC」を覚える。高校は地元の名門校、米子東高校に進学。この頃は「BASIC」に限界を感じ、もっと高機能なプログラミング言語を求めてプログラミング関連の書籍を読み漁っていたという。その後コンピューターサイエンスを学ぶため筑波大学第三学群情報学類に入学。大学在学中、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者で、宣教師を務めるため2年間休学した。

筑波大学卒業後は静岡県浜松市のソフトウェア開発会社に入社。静岡県の会社を選んだことについて「とにかく東京には住みたくないという思いがありました。東京で、人生のかなりの割合を通勤とか意味のない業務に削り取られるのはごめんだと思っていました」と語っている。会社では社内システムの担当を任され4年間働いた。一方で、趣味でプログラミング言語の開発を始める。その後名古屋でトヨタの関連企業に転職し、ソフトウェアを使った部品管理、工程管理の試作をしていた。この頃、本格的にプログラミング言語Rubyの開発を始め、1995年にRubyを一般公開する。その後東京への転勤を言い渡されるが、まつもとゆきひろはそれを拒否し、しばらく名古屋に残って仕事を続ける。1997年島根県松江市で知人が起業した「ネットワーク応用通信研究所」に参加。2005年日本OSS貢献者賞受賞。2007年Rubyの普及と発展を目的として合同会社Rubyアソシエーションを設立。同年楽天技術研究所のフェローにも就任した。2009年松江市名誉市民。2011年合同会社Rubyアソシエーションは財団法人となり、Rubyアソシエーションに改組。まつもとゆきひろは理事長を務める。2012年フリーソフトウェア財団から「Free Software Award」を受賞。同年内閣府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」に選ばれた。

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