ジョージ・ワシントン

アメリカ合衆国初代大統領

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ジョージ・ワシントンの名言

ジョージ・ワシントンの過去の名言をまとめた名言集です。

  • 過去の過ちから役に立つ教訓を引き出すため、または高価な代償を払って得た利益を得るためでない限り、決して過去を顧みるな。

  • 誰にでも礼儀正しくありなさい、しかし本当に親密になるのは数人でよい。そして、その数人と親密になる前に、彼らを十分に試しなさい。

  • アメリカは富裕で立派な客人だけでなく、抑圧され迫害された全ての国や宗教の人々に寛容である。我々は、もし彼らがそれに値するだけの礼節を持ち、行動をするならば、彼らに全ての権利や利益を与える。

  • アメリカ人であれ。地域で対立してはならない。北も南も東も西もないのだ。

  • 戦争への準備を整えておくことが平和を保つための最も効果的な手段である。

  • 真実は、それを明らかにする苦痛を経るならば、最終的には勝利する

  • 友情は成長の遅い植物である。それが友情という名に値する以前に、それは幾度か困難の打撃を受けて堪えなければならぬ。

  • 金銭は例外なく、人の体における酒のように政治に作用する。それは重要な部分を食い物にし、究極的には破壊してしまう。

  • 他人の言うことすべてに反論してはいけない。

  • 中傷への最高の返答は、黙々と義務を遂行することである。

  • 他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない。

  • 私はこの国が安全になり、あらゆる国に属する、高潔で迫害された人々にふさわしい避難先になることを望んでいる。

    出典:  「The Wisdom of an American Patriot」

  • 全ての歴史において驚きなのは、政府に不要な重荷を背負わされることに対する、人々の我慢強さだ。

  • 己の義務を耐え忍び、沈黙を守っていることは、中傷に対する最上の答えである。

  • おのれの職分を守り黙々として勤めることは、中傷に対する最上の答えである。

  • 心配とは、取り越し苦労をする人々が支払う利息である。

  • 有為の士はどこにいるのだ?なぜ国家を救うために進み出ないのだ?

  • この合衆国という偉大な実験において最も重要なのは、最初の大統領の選出ではなく、2番目の大統領の選出だ。平和的な権力の移行が行われれば、この国は他の世界の国々と異なった国家になることができるだろう。

  • 下手な言い訳をするくらいなら、なにも言わないほうが良い。

  • 政治家は時折、大衆迎合を試みる。時勢を利して勢力を得ようとする。それによって狡猾で野心に富み、道義心のない者が民主主義の力を失わせ、政府の統治からの収奪を始める。そうして結局は彼らに権力を与え、不当な支配を許した大衆を破壊するのだ。

    出典:  ジョージ・ワシントン「Maxims of George Washington: Political, Military, Social, Moral, and Religious」

  • 人権は高徳な人々の間でのみ成立可能なものだ。政府は人々の間に徳がある限り、君主制や寡頭政治、貴族政治などの専制的、抑圧的な政治体制に戻ってはならない。

  • 国民は互いに助け合い、一つの連合体になる必要がある。それは一言で言えば、国家になるということだ。アメリカ人となれ、それがあなた達の真の姿だ。

  • 我々の進むべき道は、勇敢な抵抗か、卑屈な服従か。

  • 常に継続してやっていれば、素晴らしいことが出来るようになる。

  • 私の一番の願いは、人類の病である戦争が地上から消え去るのを見届けることだ。

  • 政治とは理性ではない。雄弁でもない。政治とは力である。炎のような、つまり、危険な使用人であり、恐ろしい主人である。

  • 目上の者と口論してはいけない。あなたの判断を穏やかに聞いてもらうように心がけるのだ。

  • あなたが自分の評判を重視するなら、一流の人々に加わりなさい。真実でない噂に流されてはいけない。その人がいない時に悪口を言ってはいけない。それは不公正だ。できないことを安易に引き受けず、約束を守ることに注力しなさい。真実への道は真っ直ぐではない、着実に追求していくのだ。この国を偉大で幸福な国にするには、調和、実直、勤勉、倹約ほど重要なことはない。

  • 憲法とは、我々が決して捨てることのない指針である。

  • 銃は憲法の次に重要である。

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ジョージ・ワシントンについて

ジョージ・ワシントンはアメリカ独立戦争での最高司令官。アメリカ合衆国最初の大統領選挙に出馬すると選挙人の100%を獲得する圧倒的大差で勝利し、アメリカ合衆国の初代大統領となる。

1732年アメリカ・バージニア州生まれ。ワシントン家は黒人奴隷を使った農場を経営していた。父と兄が死去したのちジョージ・ワシントンが農場を相続して農場主となった。その一方、当時植民地だったバージニアの民兵組織にも参加していた。1754年バージニア市民軍とフランス軍が軍事衝突し、バージニア市民軍の大佐となっていたジョージ・ワシントンはフランス軍に敗れ、市民軍を辞任。1755年フレンチ・インディアン戦争が勃発、イギリス軍に従軍しイギリス軍勝利に貢献した。その後は農場主としての生活に戻っていたが、1775年に始まったアメリカ独立戦争では、他に有力な者がいなかったことから、ジョージ・ワシントンが植民地軍の総司令官に任命された。アメリカ全土で行われたイギリス軍との戦いは厳しいものとなり敗戦も多かったが、8年にもわたる粘り強い戦いでイギリスを妥協へと追い込み、1783年パリ条約が締結されアメリカ合衆国は独立した。独立後は軍からは身を引き、政治家の道へと進む。1787年に始まった憲法制定会議では議長を務め、1789年の最初の大統領選挙では選挙人の100%を獲得する圧勝でジョージ・ワシントンが初代大統領に選出された。大統領在任中は大統領や政府の権威を確立しつつ、国家の安定を目指して国内の調和を目指した。一方で原住民のインディアンは迫害した。さらにイギリスとの関係正常化を目指してイギリスとの間で「ジェイ条約」を締結。大統領職を2期8年勤め上げた後は、農場主としての生活に戻り、1799年死去した。享年67歳。