岡田武史

サッカー監督、元サッカー選手

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岡田武史の名言

岡田武史の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 監督が優秀だから優勝したと言われるより、監督は何もしていないけどチームが強くなってラッキーだねと言われる監督になりたい。

  • 言われたことをこなすだけじゃ面白くもクソもないだろうという言い方をするんですけど、でもリスクを冒して失敗したらオレは怒るぞと。だからリスクなんですよ、怒られるからリスク。「リスクを冒して失敗しても褒めよう」なんてそれはリスクじゃなくなるんですよ、それは。

  • 「ああしていれば良かったかもしれない」と思うことはあっても、決断のひとつひとつには、後悔は全くありません。

  • 知ってる?自殺するのは人間だけなんだよ。動物は絶対自殺なんてしない、とにかく本能で生きてこうとする。人間は先のことを心配しすぎるから悩んで自殺しようと思っちゃうんだよ。先の事を考えても何がどうなるかなんて分からないんだから、今を一生懸命やるしかない。考えても仕方ないでしょ?

  • 運やチャンスというのは誰にでも同じように巡ってきていて、それに気づいて掴むか、掴み損ねるかのどちらかなんですよ。

  • 今の自分に出来ること以上はできない。 今の自分のすべてを出す以外、やれることはない。自分は自分だし、自分以上でも自分以下でもない。ありのままの自分をしっかり受け止めていたい。

  • どんなに苦しい状態が続いても、それは必要なものなんです。逃げ出さないで必死にやっていれば、必ず次の高い場所が待っている。

  • 勝負の鉄則に「無駄な考えや無駄な行動を省く」ということがあります。考えてもしょうがないことを考えてもしょうがない。負けたらどうしよう。負けてから考えろ。ミスしたらどうしよう。ミスしてから考えたらいい。できることは足元にある。それをやらないと、目標なんか達成できない。

  • 人の心だったり価値観だったり考え方が変わらないと、次の時代は来ない。

  • どんなリスクも死ぬ気になれば乗り越えられる。ならば、やれることをどんどんやっていくことが大事。

  • 新しい成功をつかむためには、今手にしているものを放さなければならない。

  • 夢や目標に向かって何かをやろうとしたら、「そんなことは無理に決まっている」「そんなことやってどうすんだよ」と耳元で囁く人が必ずいます。そういう人をドリームキラーと言いますが、そんなのに絶対負けてはいけません。

  • 僕は優秀な指導者ではないんですよ。世の中にはすごい指導者がいますから、謙遜じゃなく本当にそう思っています。もし僕に強みがあるとしたら、諦めない、投げ出さないことだけ。コツも何もありません。

  • 人間は土壇場になったら強くなる。本当に人間って強いもんですよ。でも大体みんな、その前に諦める。諦めないで頑張ってたら、人間には底力ってあるもんです。

  • 物事の判断基準は「損か得か」「好きか嫌いか」「正しいか間違いか」などいろいろありますが、僕は様々な決断を下すときに必ず「この生き様は美しいか?」と自分に問いかけます。

  • 走れるようになっても走らなきゃ意味がないんですよ。体幹トレーニングしていても体を当てなきゃ意味がない。

  • 日本のサッカーは点が取れない、普通後ろからビルドアップして、こうやって突破してって、そこで終わるんだよ。でもキーパーと1対1になっても入らないんだよ。それでストライカーがいないって、何回も言ってきた。じゃあどうやって点取るのって、極端な話キーパーと2対1、3対1作ればいいんだよ。

  • いまの自分にできること以上はできない。その今の自分の全てを出す以外やれることはない。

  • 自由なところから自由な発想って出てこないんですよ。縛りがあるから、それを破って驚くような発想が出てくる。

  • いまの若者は覇気がないといわれています。しかし、これは彼らにすべて責任があるわけではありません。いまの日本社会は、人間が家畜化しています。冷暖房が聞いている中、餌が流れてくる。苦労しないで生きていくことのできる家畜の目はトロンと緩むのは当然でしょう。

  • 動物は今を精一杯生きている。でも人間は、済んだことを悔やんで今できない。先のことを心配して今できない。俺はそういうのは大嫌いだ。今できることをやってくれ。

  • かつて私は世界の名門クラブの練習を定期的に見学し、何かを取り入れようとしました。優れた手法を学ぶことは間違いではないといまも思っています。ただ、世界の誰かがやっていることをそのまま真似しても、それ以上にはなれません。

  • 日本人は「競争なんかしないでみんなで」って言ったりするけど、最低限の生存競争には勝たなきゃいけない。でも、それ以上の競争はする必要はないと。

  • 型っていうと「型にはめる」っていうイメージがあって、型にはめちゃサッカーはダメなんだと。「ヨーロッパなんてそんなことしない、みんな自由にやってるじゃない」って言われるんです。でも自由な発想とかは型をつくっちゃいけないとかじゃなくて、型にはめるんじゃない型。通の認識みたいな型、たまたま合った時は素晴らしいんだけど、じゃなくて、少々条件が揃わなくても基本形を持ってるんだっていうような、そういうイメージ。型っていうと、日本人は閉じ込める発想をしちゃうから。

  • サッカーっていうのはもちろん自己判断しなきゃいけないから、こうやれ、ああやれって監督が命令してサイン出すものじゃない。もちろんそうだけど、その原点にはやっぱりしっかりした型があってね。

  • リーダーの資質で一番大事なのは「自分が登るべき山を持つ」ということ。どうマネジメントしようかとか、ハウツーを考える前に、必死になって山を登り、その姿を見た人たちが惹かれて付いていきたいと思うんです。その山も「自分が儲かるため」とか「有名になるため」といった私欲ではなく、志が高い「美しい山」であることが必要です。

  • 練習で100%の力を出さない選手は使わない。俺は監督だから11人しか使えない。使われなければやっていられないという選手は出ていってくれ。しかし力を出し切り、俺を嫌いでも、向かってくる選手を俺は見捨てない。1年間、面倒を見る。1試合も出られなくても、上手くなったと評価させる自信はある。

  • うちはまだ社員数が少ないから、「失敗してもそこから学べ」というところがあります。これは僕のサッカーの指導方針でもあるんだけど、ときどき複雑な訳の分からない練習をする。そのときは分からなくても、後々の気づきが教えられるよりも深いんです。

  • 代表選手選考の基準は特徴のある選手であること。よく若手を起用しますねって言われるんですけれど、そういう意識は本当にないです。ただ、何を目指しているのかというと、W杯で勝つことです。つまり、僕が見なければならないのは、現在の力ではないんです。いまの時点の力だったら勝てないんですから。

  • 監督の仕事でも、最後にものをいうのは直感。そういう感性はどん底を経験すると持ちやすい。

岡田武史の名言を見ている方へお薦めする名言

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岡田武史について

元サッカー選手で日本代表として24試合に出場。その後指導者となりフランスワールドカップに向けた日本代表のコーチを務めていたが、アジア予選の最中に当時監督だった加茂周が解任され、日本代表監督に指名される。日本代表はW杯初出場を決め、岡田武史はW杯を指揮した最初の日本代表監督となった。コンサドーレ札幌、横浜Fマリノスで指揮をとった後、イビチャ・オシムに代わって2度目の日本代表監督に就任。南アフリカW杯でベスト16に進出した。

1956年大阪府大阪市生まれ。小学校では野球をしていたが、中学でサッカーを始める。天王寺高校入学でもサッカー部に所属しアンダーエイジの日本代表に選出された。一年間の浪人ののち岡田武史は早稲田大学政治経済学部に入学し、ユニバーシアード日本代表に選出。卒業後は実業団の古河電気工業に入団。DFとして活躍し、日本リーグで2度の優勝を飾り、日本のクラブで初めてアジア選手権も制した。日本代表にも選ばれ、国際Aマッチ24試合に出場し、1得点。

現役引退後に岡田武史は古河電工のコーチに就任。一年間のドイツでのサッカー留学を経て、古河電工サッカー部を母体にプロチームとなったジェフユナイテッド千葉のコーチに就任。1995年加茂周監督のもとで日本代表のコーチに就任。1997年フランスワールドカップ予選で日本代表が予選敗退の危機に陥ると、加茂周監督が解任され、岡田武史が代理監督に指名された。同年日本代表初のワールドカップ本戦出場を決め、正式に日本代表の監督になった。フランスW敗はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカを相手に3戦全敗に終わり、代表監督を退任した。

1999年J2に降格したコンサドーレ札幌の監督に就任。就任2年目にJ2で優勝しJ1昇格。就任3年目も年間11位でJ1残留に成功し退任した。2003年から岡田武史は横浜F・マリノスの監督を務め、就任1年目で1stステージ、2ndステージをともに制し完全優勝。2004年も1stステージを制し、チャンピオンシップでも勝利して2年連続のチャンピオンになった。就任3年目は9位に終わり、就任4年目も低迷して19節で辞任した。

2007年11月、日本代表のオシム監督が急性脳梗塞で入院し、代わりの代表監督として岡田武史が指名された。ワールドカップアジア予選を見事突破し、2010年ワールドカップ南アフリカ決勝大会に出場。決勝大会では2勝1敗の成績で決勝トーナメントに進み、トーナメント1回戦でパラグアイに敗れた。W杯終了後に代表監督を退任。

2012年から2年間中国サッカー・スーパーリーグの杭州緑城足球倶楽部監督を務め、退任後は当面監督の仕事に就かないことを発表。2014年四国サッカーリーグ・FC今治に出資し、岡田武史は同クラブのオーナーに就任。地方のクラブから日本サッカーの発展に貢献すべく取り組んでいる。