吉田沙保里

レスリング選手

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吉田沙保里の名言

吉田沙保里の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 夢や目標を持つことって、人間にとって何より大切なことなんですよ。目指すものがあるからこそ悩んでも立ち直れるし、上に上がっていけるんだと思うんです。

  • 練習場に何をしに来たのか、を自分に問いかけながら練習に取り組む。

  • 最高に嬉しかったです。「金メダル確実」と言われて、いろいろなプレッシャーがありましたが、自分自身と戦って負けなかったのが勝因だと思います。

    解説:  アテネオリンピックではじめての金メダルを獲得して

  • 目標や夢は、早いうちからあるとチャンスが広がります。最後まで諦めない人になってください。

  • 世界の大舞台で連勝できた要因は、超負けず嫌いな性格だから。それと「何が何でも金メダルが欲しい」という動機。

  • 負けず嫌いでないと強くなれない。

  • 自分の決めた道で、一日一日を精いっぱい努力し、試合で勝つことで、様々な人との出会いがあり、世界が広がった。

  • 悔しいですが、銀メダルもきれいだなと思えるようになりました。勝つことだけが人生ではない。努力する過程も大事だと思えるようになったのも、レスリングを続けてきたおかげです。

  • 「約束」は「何が何でも勝つ」という覚悟となり、力になる。プレッシャーになると思う人もいるかもしれませんが、それは当人の受け取り方次第。

  • 負けて悔しい涙を流せる子は伸びます。

  • 「泣かんでいいと・・。大丈夫だと。ここまで連れて来てくれたんだからありがとう」と言ってもらいました。

    解説:  リオデジャネイロオリンピック後のコメント

  • 勝っている時は胸を張って歩ける。勝負は何が起きるか分からない。だから楽しい。

  • 「出来る女」より、「強い女」になりたい。

  • 目標、夢は口にした方がいい。

  • カワイイ外国人選手と戦うときは集中力が上がりますね。「こいつ、何でこんなにカワイイんだ」って。すぐに倒したくなります。燃えてきますね。「ブン投げてやる」って。

  • 谷亮子選手が金メダルを取られたのをみて「私も欲しい」とお父さんに言ったら、「金メダルはスーパーやコンビニで買えるものではない、目指して勝ち得るものだ」と言われて目指し続けた。

  • 目標を決めたらわき目もふらず、進んでいく。

  • 連勝記録が119で途切れた時、私はショックで立ち直れなくなったんです。その時は母から、「あなたが勝っている時はほかの選手が泣いているんだよ。一度負けたぐらいでクヨクヨしない」と言われました。その言葉を聞いて、「そうか、そうだよな。いつまでも落ち込んでいたらダメだ」と思えた。それからは悔しいことや辛いことがあれば、ワーッとひとしきり泣いて、気持ちを切り替えられるようになりました。

  • 私は勝ち続けることで成長したんじゃなく、負けて強くなってきたんです。

  • 自分の、やっぱり気持ちが、最後は勝てるだろうと思ってたんですけど、取り返しの付かない事になってしまって・・・。

    解説:  リオデジャネイロオリンピックの決勝で敗れて

  • 北京からの4年間いろいろあり、負けも知ってまたさらに強くなれた。最高の舞台で最高の結果で終われて幸せ。ここに来れなかった国民の方々からの思いはちゃんと感じていたし、メールやブログのコメントを観て、負けてはいけないんだと思って頑張れた。

  • 常に全力でやる。集中して一生懸命やる。

  • 鍛えるポイントはまだまだありますよ。

  • 実力の差などいろいろと考えられますが、一番の敗因は、相手の「勝ちたい」という気持ちが私より上回っていたこと。五輪の決勝という世界最高峰の舞台において、最後はメンタルの差が勝敗を分けた。

  • 「五輪前に負けてよかった」そう思いました。自分の中にどこか甘さがあったのでしょう。あの負けは、自分の意識を変えてくれました。精神的にも強くなれたし、技術的にも進歩できました。連勝中なら絶対にそんなことしないでしょうけど、初心に戻って練習に打ち込みました。

    解説:  北京五輪前のワールドカップで敗北して

  • もう、こんなにたくさんの方に遠いところまで来て頂いたので、日の丸の多さや、声援も凄い聞こえてきたんですけど、最後、自分の力が出し切れなくて、申し訳ないです・・・。

    解説:  リオデジャネイロオリンピック後のコメント

  • たくさんの方に、応援して頂いたのに、銀メダルに終わってしまって、申し訳ないです。

    解説:  リオデジャネイロオリンピックの決勝で敗れて

  • 金メダルの数は忘れました。

  • 女に生まれて良かったと思う。男に生まれていたら試合で人を殺していたと思う。

  • 小さい時の思いと今の思いは全然違います。自分でやらなくてはいけない。レスリングはやらされているのではなくて、自分からやっているという感じです。

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吉田沙保里について

吉田沙保里は55kg級の女子レスリング選手で、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンのオリンピック3大会で金メダルを獲得。さらに世界選手権は2002、2003、2005〜20015年と13回優勝。世界大会を16回制し、2004年アテネ・オリンピックから2015年世界選手権まで世界大会を13連覇するという偉業を達成した。光速の異名もある弾丸タックルを得意とする。

1982年三重県津市に生まれる。父吉田栄勝はレスリングの元全日本王者で、アジア選手権で銀メダルを獲得している。父はレスリング道場を開いており、吉田沙保里はその影響で3歳からレスリングを始めた。三重県立久居高等学校在学中の1998年、全日本選手権51kg級で準優勝する活躍を見せ、レスリングの強豪校・中京女子大学(現・至学館大学)に進学。2000年と2001年の世界ジュニア選手権を58kg級で2連覇する。2002年にはジャパンクイーンズカップ、アジア大会、世界選手権、全日本選手権の55キロ級に出場して、全てで優勝を果たすという躍進を遂げ、一躍トップ選手となった。2003年にも世界選手権、ワールドカップで優勝した。

大学卒業後は綜合警備保障(ALSOK)に所属してレスリングを続ける。2004年のアテネオリンピックでは決勝でカナダのバービークを下して金メダルを獲得した。そこから吉田沙保里は快進撃を続け、翌2005年から2015年まで世界選手権を10連覇。2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックでも金メダルを獲得し、世界大会を13連覇するという驚異的な活躍を見せた。2012年のロンドンオリンピックでは日本選手団の旗手も務めた。2012年には国民栄誉賞も受賞した。

2016年リオデジャネイロオリンピックでは、決勝でアメリカのヘレン・マルーリスと対戦して敗れ、準優勝に終わり、オリンピック4連覇の夢がついえるとともに、世界大会の連勝記録は13でストップ、個人戦の連勝記録も206で途絶えた。リオデジャネイロオリンピック後、去就が注目されたが、2020年東京オリンピックを目指して現役続行を表明。一方で女子レスリングの日本代表コーチにも就任した。2016年からは2018年までは母校の至学館大学で副学長も務めた。