ジョー・ディマジオ

メジャーリーガー

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ジョー・ディマジオの名言

ジョー・ディマジオの過去の名言をまとめた名言集です。

  • 男でも女でも全力を尽くす者は、何も言わなくても自然にリーダー的存在になる。

  • 野球が楽しくなくなったら、それはもう野球でなくなってしまう。

  • 私が一生懸命プレーする理由は、私のプレーを見たことのない子供が私を見たとして、その子供を失望させないためだ。

  • あなたが何をしたいか・何を望むかを考え続けていて実行をしないなら、それが達成されることはないだろう。

  • 何回経験しようとも、開幕戦には特別な興奮がある。子供の頃、バースデーパーティーを楽しみにするような気持ちだ。何か素晴らしいものが待っていると感じるんだ。

  • モチベーションは他の誰かが与えられるものではない。他者はモチベーションを持つ助けができるが、それは基本的には本人から生まれるものである。そしてそれは、どんな状況でも、いつでも、ベストを尽くすための渇望でなければならない。

  • なぜ1つの家庭の3人の子供がメジャーリーガになれたかというと、お互いを助けあっていて、裏でたくさんの練習をこなしているからだ。我々は一瞬一瞬できることをやってきた。

  • 最悪な気分の時には、最も励まなければいけない。他人に落ち込んでいると感じさせてはいけない。

  • 5人か6人、野球殿堂入り可能な選手がチームにいるとき、それが優勝するときだ。心配すべきことは、選手たちに休養をしっかり取らせることくらいだね。

  • 私は毎日ベストを尽くしている。いつ誰が私のプレーを初めて見るかわからないからね。

  • 私はいつもスタンドに一人は私のプレーを見たことがない観客がいる、その人を失望させてはいけないと意識している。

  • ディマジオを見るのが最初で最後の人が必ずいる。その人のためにプレーしているんだ。

  • ジンクスなんて関係ないよ。記録を止めるのは相手のピッチャーなのだから。

  • 野球選手は偉大な選手になるために貪欲さを持ち続けなければならない。それが金持ちの家庭から偉大な選手が生まれない理由だろう。

  • 私くらい年を取ると、私がしてきたこをの偉大さを讃えてもらうと本当に幸せを感じるんだ。

  • 全てのピッチャーは、生まれながらにピッチャーなんだ。

  • ニューヨーク・ヤンキースの選手であることにはホコリを持っている。でも故郷のサンフランシスコに戻ったときは誰よりも幸せと満足を感じるんだ。この街は世界で一番親切な街なんじゃないかな。

  • (ヤンキースのオーナーの)ジョージ・スタインブレナーと向き合って年俸交渉すると、私のプレーの分析結果を見せられて、私は「ジョージ、俺と君は仲間だろ。」と言わなければならなくなる。

  • ヤンキースの選手になれたことに心から感謝したい。

  • 連続試合安打を始めるまでは野球は私の血に入り込んではいなかった。毎日ヒットを打つことは、食べること、飲むこと、寝ることよりも重要になった。

  • 野球場は私にとって神聖な職場であり、バットも神聖である。

  • 外野手の技術が試されるのは、フェンスに向かって取らないといけない打球が飛んできた時だ。

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ジョー・ディマジオについて

ジョー・ディマジオは1930年代から40年代に活躍したメジャーリーグの外野手。56試合連続安打を記録した打棒と、優美な守備や走塁でもファンを魅了した。ベーブ・ルースやルー・ゲーリックといった超人気選手の引退後にメジャーリーグ人気を支えた国民的英雄。

1914年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。父は漁師だった。ジョーは8番目の子供で、4人目の男の子だった。兄のビンス、弟のドムもメジャーリーガーで、5人の男兄弟のうち3人がメジャーリーガーになっている。

1932年にプロ入りし、マイナーリーグのサンフランシスコ・シールズで活躍。ベーブ・ルース引退翌年の1936年同じニューヨーク・ヤンキースからメジャーデビュー。

ジョー・ディマジオは入団初年度にいきなり打率.323、29本塁打、125打点と活躍。翌年には打率.346、46本塁打、167打点で本塁打王を獲得、以後1951年まで13シーズンヤンキース一筋でプレーし(1943-45の3シーズンは第2次大戦従軍のため出場なし)、チームは9度ワールドシリーズを制覇。通算でジョー・ディマジオはMVP3回、首位打者2回、本塁打王2回、打点王2回を獲得。1941年に達成した56試合連続安打というメジャーリーグ記録は未だに破られていない(2位はピート・ローズの44試合)。1955年に野球殿堂入り。

度重なる怪我にも屈せずに活躍を続け、その痛みに屈しない姿は人々に感動を与え、ジョー・ディマジオは理想のヒーロー像としてヘミングウェイの小説『老人と海』にも描かれた。