野茂英雄

プロ野球選手、メジャーリーガー

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野茂英雄の名言

野茂英雄の過去の名言をまとめた名言集です。

  • なれるとかなれないとか考えていたって一歩も前には進めません。 やるかやらないか、それしかないのですから。

  • 挑戦すれば、成功もあれば失敗もあります。でも挑戦せずして成功はありません。何度も言いますが挑戦しないことには始まらないんです。

  • 自分が抱いたメジャーリーグ挑戦という夢に対して、それがただの絵空事だなんて否定的に思ったことは一度もありません。

  • 自分が実際に体験し、見聞し、成功したり失敗したりしたことが、自分や後に続く若い選手への財産になる。

  • バントとかやられると、「なんや、こいつら、プロのくせにレベルの低いことやりやがって」と。

  • 若い人には、失敗してもいい場所が必要だと思うんです。

  • チャンスの少ない時代だからこそ、少ないチャンスを生かしてもらいたい。そのチャンスを生かすために日々努力をしておくことが大切。

  • やっぱりスポーツ選手は世界に出なきゃいけない、とつくづく思いました。 行かなきゃ何もわからないんです。

  • 僕は練習は嫌いですから、手を抜いてますよ。ただ、絶対にはずせない練習というのがあって、それはやります。できるようになるまで反復してやる。それだけです。

  • メジャー・リーガーになるんだという強い意志さえ持っていれば、 いつかはきっとかなう夢だと信じてやってきました。

  • 希望はあるが不安はない。

    解説:  メジャーリーグ移籍を前にしての発言

  • 花があるうちに辞めるんじゃなくて、落ちぶれてボロボロになっても投げ続けようと決めました。

  • 現状には決して満足したくない。 それなら最後まで自分がなりたいピッチャーのイメージを持ち続けて挑戦して行こうと思うんです。

  • お客さんに喜んでもらってお金を稼ぐのがプロ。自分も楽しくやって、見ている人を魅了して、夢を与えられるようになりたい。

  • 100勝くらいで満足するためにメジャーに来たわけではない。 いくらでも100勝くらいの選手はいる。

  • 何かを得ようと思ったら、毎日毎日、繰り返しやりますよね。そうやらないとうまくならないし、成果が出ないじゃないですか。

  • ダルビッシュには、メジャーの歴史に残るピッチャーと並ぶくらい勝って欲しいです。

  • 若いうちは無駄が栄養ですね。

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野茂英雄の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

野茂英雄について

野茂英雄は「トルネード投法」と呼ばれる体を反回転させる独特のフォームで活躍。1994年近鉄バッファローズからロサンゼルス・ドジャースに移籍。日本プロ野球のトップ選手がメジャーリーグに移籍したのは野茂が初めてだった。

1968年大阪府大阪市に生まれる。中学までは無名の選手だったが、高校では夏の甲子園予選で完全試合を達成するなど活躍を見せる。高校卒業後は社会人野球の新日本製鐵に進む。社会人野球ではフォークボールを取得し大活躍を見せる。日本代表にも選ばれ、1988年のソウルオリンピックでは古田敦也、野村謙二郎、潮崎哲也らとともに銀メダルを獲得。1989年のドラフト会議で野茂英雄はアマチュアナンバーワン投手として史上最多の8球団から一位指名され、抽選の結果近鉄バッファローズに入団。

プロ野球では一年目で18勝をあげ新人王を獲得。日本プロ野球では5年間で78勝した。1994年シーズン終了後、球団や首脳陣との軋轢から球団との契約交渉が不調に終わり、契約を結ぶことがないまま野茂英雄は任意引退となった。当時は任意引退しても海外のチームに移籍することが可能だったため、メジャーリーグの球団が興味を示しロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結ぶ。移籍前1億4,000万円だった年俸はわずか980万円になったという。メジャーリーグでも1年目から勝利を重ね13勝6敗防御率2.54で新人王を獲得。以降、野茂英雄はメジャー12年間で123勝をあげた。