松本人志

お笑い芸人

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松本人志の名言

松本人志の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 僕はただ笑いの才能があるから、お笑いをやっているのではない。まず才能があり、好きだから、お笑いを追及しているのだ。

  • 天才の成功話はほどほどに聞いといた方が良いよ。 天才は振り返り方も天才だから。

    出典:  Twitter公式アカウントにて

  • 幸せとは自分が不幸せなことに気付いていないことだ。

  • 生きた人のなかで、いちばん笑い声を聞いた耳でありたい。

  • Jリーグの選手のみなさん、次のワールドカップに向けてがんばってください。それをガンバレ、ガンバレと応援するみなさん、おまえらががんばれ。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 「あいつは嫌いだ!くやしいが、でもおもしろい」最高ではないか。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 人の見方はそれぞれ違うから批判なんか気にしない。最初から問題用紙が違うから解答も違うに決まってる。

  • そもそも芸能人というものは、才能がなかったらこの世界に入ってきてはいけない。そして、その才能を思う存分発揮したら、辞めるべきだと僕はずっと思っていて、その考えは今も変わっていない。

  • 本当に君にプラダが必要なら、生まれた時に持っているはずです。

  • 「これで完璧だ」と思ったことは一度もない。「もっとできるんじゃないか」とはいつも思ってるんで、「バッチリ手応えがあった」っていうことはあんまり無いですね。

  • 自分の答案用紙の中で100点取るしかないんですよね。人の答案は問一から問題違いますからね。

  • オリジナリティを持ってない人を卑下するっていうのが違うんちゃうかな。オリジナリティを持たないオリジナリティを持ってんねや、と思えばええやんか。

  • 笑いっていろいろ種類があるけど、僕の笑いは意外性の笑いだから、どんな頭のいい人でも笑わすことができたというのは、その人が予想もつかないことをいえたっていう、なんか優越感みたいなものを覚える。僕にとってその瞬間が、この仕事の醍醐味だ。

  • 誰に言われずとも、ぼくは自分で自分を正しいと思いますし、そういう意味じゃ完璧やなと思います。だがら、揺らぐことはないんです。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 自分にプレッシャーを与えることの必要性をみなさんも考えてみてはいかがでしょうか?もしかすると自分の中にあるパワーを最大限に引き出してくれる天からの授かり物ではないだろうか。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 100点は無理かもしれん。でも、MAXなら出せるやろ。

  • ついつい、自殺した人をかばってしまいがちなんだけど、やっぱり「死んだら負けや」っていうことをもっとみんなが言わないとって思います。

    出典:  ワイドナショー

    解説:  アイドルグループ「愛の葉Girls」のメンバーの自殺についてのコメント

  • 遊び道具のない子供は、自分でそれを作ろうとする。結局、想像力が豊かになり、頭を使って遊ぼうとする。

  • 「残さず食べ。アフリカの子供等は食べたくても食べられへんねんで」ってよく言うけど、その子らも腹いっぱいになったら残すわ。

  • みんな俺を自信過剰だと言うけども、自分に自信持たな、どうすんねん。

  • 節税してない自分が損してるわけじゃなくて、節税してる人が得してるだけだから。

  • いや、あの程度の女なら悔しくありません。

    解説:  相方の浜田が結婚した時、レポーターから先を越されて悔しくないかと聞かれての返答

  • まわりは何かと言うかもしれんけど、そんなまわりの意見なんか気にせんでいい。やりたいことやったらええから。

  • どんな世界でもスポーツ選手と同じで、人間の輝ける時期というのはせいぜい5年ぐらいだろう。よっぽど努力して、よっぽど才能があったところで、10年ぐらいが限界なのだ。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 売れてくるにつれて、だんだん天狗になっていく奴と同じにされては困ります。天狗歴が違うのです。オレは新人のときからまあ、最低、いまぐらいのいちにくることは予想できていたし、ペコペコするのが大嫌いなので、そうしてきたのです。

    出典:  松本人志「遺書」

  • 曲がり角があるなら曲がったら良いんですよ。

  • 徹底的に無視されてる人は何も気にしなくてもいいんですよ。相手は「あいつを無視する」と決め込んでるわけですから。ただ、それすらも思われなくなったら、それは本当に悲しいですよね。

  • 40代になってから、ある意味、欲がなくなった。もう仕事に関しても、お金どうこうでやってるわけじゃないし、若いときみたいに女の人にモテたいとも思わなくなった。もちろん、欲で仕事を頑張ること自体は全然悪いことではないですよ。30代の僕はそうでしたからね。

  • マナの悪口を言った時にニヤっと笑うのがカナです。

    解説:  相方の浜田に「マナカナを見分ける方法を教えて」と言われて

  • 人生なんて楽しいもんやないんや。だから楽しまなあかんねん。

松本人志の名言を見ている方へお薦めする名言

松本人志の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

松本人志について

松本人志は日本のお笑い芸人。浜田雅功とお笑いコンビ「ダウンタウン」を結成。多くのバラエティー番組に出演するとともに、番組の企画・構成も担当。代表的な番組に「ダウンタウンのごっつええ感じ」、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」、「人志松本のすべらない話」、「IPPONグランプリ」などがある。さらに松本人志は映画業界にも進出し、「大日本人」、「しんぼる」、「さや侍」、「R100」を脚本・監督した。

1963年兵庫県尼崎市生まれ。小学校の同級生として、のちに相方となる浜田雅功と、松本人志が出演する多くの番組で放送作家を務める高須光聖と出会う。1982年18歳のとき吉本総合芸能学院(NSC)に浜田雅功とともに入学。そこで浜田とコンビを組む。入学早々からその芸には光るものがあり、島田紳助がNSCで明石家さんまやトミーズ雅と講義をしたとき、学生たちのネタを見て「一組だけやな。」と3人ともが言い、その一組がダウンタウンだったという。NSC在学中から大阪のローカルテレビ番組に出演。1984年には「第14回NHK上方漫才コンテスト」で優秀賞、「第5回ABC漫才・落語新人コンクール」で最優秀新人賞を受賞。1987年大阪の毎日放送で平日夕方の帯番組「4時ですよーだ」に出演。この番組によってダウンタウンは関西で爆発的人気となる。1989年東京に進出し、4月から昼の人気番組「笑っていいとも!」の火曜日レギュラーとなり、10月から「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」が放送を開始。1991年「ダウンタウンのごっつええ感じ」、1993年「ダウンタウンDX」、1994年「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」が始まり、ダウンタウンは日本を代表するお笑い芸人となっていった。1997年「ダウンタウンのごっつええ感じ」の放送がプロ野球の優勝決定試合の中継へ差し替えられたことに松本人志が抗議。テレビ局との関係が悪化し番組は打ち切りとなった。2000年ごろからはコンビではなく、個人での活動が増え始める。2007年松本人志は脚本・監督を務め、自身も出演した映画「大日本人」を公開。2004年から芸人が集まって自身のもっともすべらない話を披露し合う「人志松本のすべらない話」が放送開始。2009年芸人が大喜利の面白さを競う「IPPON グランプリ」放送開始。2013年芸能ニュースや時事ネタをもとにトークを繰り広げるワイドショー番組「ワイドナショー」が放送を始めた。