石橋貴明
お笑いタレント
石橋貴明の名言
石橋貴明の過去の名言をまとめた名言集です。
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運をつかむヒントはあるかもしれないと思うんです。たとえば、辛抱です。辛抱の先に、何かが待っているかもしれない。「石の上にも3年」っていう言葉があるけど、ホント、昔の人は良いこと言ってる。これは、何をやるにしても言えることだと思う。努力も大事です。だって、運とタイミングがそろったときに準備ができてないと、それに乗れないですからね。
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他の芸人さんを「脅威」とか感じたことはありません。いろんなタイプの人間が出てくるっていうのが当然だと思っていたし。俺らは俺らで面白いことをやっていくということでしかなかったので
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世に出てくる人って、やっぱりって思うことはとても多いんです。彼らは「なるほど」ということをちゃんとやってる。考えもつかないような努力をしてる。やってねぇヤツに限って、不平不満を言うんですよ。「こんな仕事、やってられない」。これでは何も手に入らない。
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俺、何か新しいことをやる時って、何でもいいから頭にきた時なの。よし、もう一本やってやらあ、バカヤロー!!って。怒りがエネルギーになるんだよ。
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下を向かないで顔を上げて頑張っていれば、すごいことって起きるんです。
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「野猿」は、踊るヤツがいないから、スタッフに「おまえらやれ」みたいなところから転がっていって紅白にまで出場した。あんなの真面目に企画しても無理。ヒットなんて遊びの延長線上にあるんじゃないか
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ミスったっていーんだよ!どうせお前なんか誰も見ちゃいねーよ!
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日本には、いい言葉があるのよ。「憎まれっ子世に憚る」って。
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運は良かっただろうね。でもそれが永遠に続くとも思ってない。運なんて不確かなものでしょ。まだまだあると思えば「ここで終わりなの?」というのかもしれないし。「もうダメかな」と思えばずっと続いているのかも。
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僕らは個人じゃできなかったから、神様が木梨という人間に引き合わせてくれたんだと思う。1+1=20になっても、1は10じゃない。ときには俺が5で木梨が15で、時には俺が1で木梨が19で。それでも2人なら20になれるんだ。そういう力は、わかっていたいと思う。
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わかんないな、どうなるか。どうなるかわかんないから一生懸命やるんだよ。不安だから、その不安を打ち消す意味で頑張る。で、何かやると、また不安になって、次は何をやろうかって…。
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注目されるのは最初の内だけだから、地道に努力しなさい。
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松本みたいな天才と同じ時代にいる、俺には人災だ。でも「とんねるず」には、木梨憲武がいる!!
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家にテレビがないやつだとか、テレビをまったく見ないやつが増えてきている中で、男芸人女芸人ということを考えるより、今のテレビをおもしろくすることを考えないと、次の世代とかその次の世代とか。
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こちらがやりたいと言っても世間一般がNOと言ったら寿命でしょ。やりたくてもやれないわけだから。僕らの仕事は。それが寿命なわけだから。
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俺は若いうちに売れちゃって、50歳過ぎて「ちょっと俺だめだな」「俺はやっぱりこのぐらいなのかな」って。
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今のテレビを面白くするということを考えないと。
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次の世代、その次の世代とかテレビ見てる若いやつが「俺いつかテレビ局行ってバラエティやりたい」とか「ディレクターになってみたい」とか「カメラマンになってみたい」とか「照明さんになってみたい」とか、テレビの世界に携わってみたいという目標というか、その世界がどんどん小さくなってる。
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楽しかった。好きなことをやれて、恵まれていると思ってた。それこそ、夢いっぱいでしたよ。
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もし相方と会わなかったら、世に出ていなかったと思わない?俺もたまたま憲武とやったら売れたんだけど、ひとりだったらダメだったと思う。だけどふたり組で出てきた者には、どちらかが責任を背負わなければいけない宿命があるんだよね。
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俺は人生はバクチだと思うから、バクチだったら長面だと。長く面張ったやつが勝つ。降りない。そのうちに絶対ワンチャンスなりなんなりがくるんだから、好きなことを通すことだね。そうすりゃいくんじゃない。俺だって事実、高校生ぐらいの時はどうしようもなかったわけだし。人生、長面ですよ。
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その、「バッカだなー、あいつら!」っていうのがないと、オレは楽しくないの。それがいつも欲しいの。
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マッコイ斉藤が、俺があんまりにも暇してるんで、働け!って。ほぼほぼね、戦力外通告だから、もう。「最期の死に場所、俺が作ってやる」ってマッコイが言うから。それでYoutubeを始めたんです。
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「みなさん」が終わって、ほぼ、とんねるずは死にましたよね。それだけ命をかけてやっていましたし、チャンスをもらった番組だったし、いろんな思いがすべて入っていたので。なんか、あれからおかしかったです。やっと、YouTubeでまたちょっと息が入ったというか、呼吸し始めた感じで、死んでいましたね
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当然のようにいろんな失敗は繰り返しているんですよ。「みなさん」でも何度叱られたことか。そのたびに偉い人が謝りに行ってね。でも多少の失敗は付いてくるもんだと思えば、あんまりそこで足元見ててもしょうがないし、下向いてても何も落ちてない。だったら、突き進んでいくしかないよね
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プライオリティーとして「コンプライアンス守ることが一番大事なんだ」じゃ、何も始まらないと思うんですよ。ルールは守らなきゃいけないんだけど、守るなかで何かを考えていかない限り、進歩はしないよね。守ることだけを考えてたら、発想なんてものは絶対生まれない。やり方はいくらでもあると思う。
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時代によって変化するものは変化しなきゃいけない。自分もずっとこのままじゃしょうがないわけで、変化に対応していかなきゃいけない。ただ、そうはいっても、人間としての本質は変わりようがない。だから、嫌だなと思ったことはやらないほうがいい。やっぱ自分が好きでやってたり、ノッてやってない限り、いい結果は出てこないから。本質は曲げず自分が信じたことを、同じような気持ちを持った人間たちと一緒にやっていけたらいいなと。
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下積みはつらくなかった。だって好きなことだから。
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芸能界の仕事は一年一年が勝負なんです。今年頑張らないと、もう来年はないといつも思ってる。
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踏ん張れるかどうかは、常日頃頑張ってるかどうかなの。
石橋貴明の名言を見ている方へお薦めする名言
石橋貴明の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。
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行動だけが活発で判断力にかけているのは、舟に舵がないようなものだ。役に立たぬどころか、害を及ぼすことの方が多い。
福沢諭吉 思想家、教育家
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仕事は自由に。人生はまじめに。
渡辺謙 俳優
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中国語では「危機」という言葉は2つの文字でできている。1つは危険を意味し、もう1つは機会(チャンス)を意味する。
ジョン・F・ケネディ アメリカ合衆国大統領
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誰を味方にしようなどと言ふから、間違うのだ。みんな敵がいい。敵がないと、事が出来ぬ。
勝海舟 幕臣、政治家
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「誰々に会う」「どこどこへ行く」というスケジュールは他人のものです。「スケジュール表が真っ黒」って言い方がありますが、他人のもので埋め尽くされてしまっているので、それを続けているとおかしくなってしまう。
糸井重里 コピーライター、株式会社ほぼ日創業者
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大体仕事のできない者を見てみろ。自らの仕事に誇りと責任を持てない人間を見てみろ。次から次へと、できない理由ばっかり探し出してくるだろう。
川淵三郎 Jリーグ初代チェアマン、B.LEAGUE初代チェアマン
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10人中9人がうなずくことは、たいてい間違っている。
松井道夫 元松井証券社長
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結果は出る。それがどうであれ自分のことを、世界で一番誉めてあげてください。
つんく ミュージシャン、音楽プロデューサー
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カメラを持ち、なにか撮影してください。どんなに小規模で安っぽいものでも構いません。兄弟や友達が出演するものでいいんです。監督をあなたの名前にしてください。そうすると、あなたは監督になります。その後にすべきことは予算と報酬を交渉することだけです。
ジェームズ・キャメロン 映画監督
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問題は不調に見舞われた時、多くの選手が「技術」ばかりに目が向くことだ。「フォームが悪いのでは?」と悩み過ぎ、コーチや記者にまで意見を求め始める。そして迷い、むしろフォームが崩れ、また自信喪失という悪循環に陥るんだ。
野村克也 プロ野球選手、監督
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並外れた結果を出すために、並外れたことをする必要はない。
ウォーレン・バフェット 投資家、バークシャー・ハサウェイ会長兼CEO
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ぼやくのはそんなに悪い事じゃないと思う。だって、理想を描いているわけだから。
野村克也 プロ野球選手、監督
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優勝というのは強いか、弱いかで決まるんじゃない。優勝するにふさわしいかどうかで決まる。
野村克也 プロ野球選手、監督
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必要なのは、絶対100パーセント成功するという思い込みではなく、絶対成功する、させてみせると自分で信じることである。要するに「思いは真実になる」ということを、自分で自分自身に信じさせることである。自信過剰なくらい自分で信じることである。
藤田田 日本マクドナルド、日本トイザらス創業者
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負ける覚悟も含めて、すべてにおいて、完全な準備をしなければならない。準備に「やり過ぎ」などという言葉はないのだ。
イビチャ・オシム サッカー監督
石橋貴明について
石橋貴明(イシバシ・タカアキ)は東京都出身のお笑いタレント。お笑いコンビ「とんねるず」で活動し、「とんねるずのみなさんのおかげです」、「とんねるずのみなさんのおかげでした」、「ねるとん紅鯨団」、「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」などの番組で活躍。とんねるずは歌手活動にも力を入れ、「ガラガラヘビがやってくる」は140万枚以上のCD売上を記録。2020年からはYoutuberとしても活動。
1961年10月22日、東京都板橋区に生まれる。板橋区立赤塚第二中学校を卒業後、帝京高校に入学。帝京高校の同級生だった木梨憲武とお笑いコンビ「貴明&憲武」を結成し、素人参加型のお笑い番組に出演。その後高校を卒業して石橋貴明はホテルマン、木梨憲武は自動車会社に就職。1980年、素人参加型お笑い番組「お笑いスター誕生!!」への挑戦のためコンビ名を「とんねるず」と改めて再結成し仕事を辞める。同年「お笑いスター誕生」で9週勝ち抜くも10周目で落選。1982年「お笑いスター誕生」で10週勝ち抜きを達成してグランプリを獲得。1983年から深夜番組「オールナイトフジ」に出演。1985年、女子高生アイドルバラエティ「夕やけニャンニャン」に出演し人気を獲得。1987年恋愛バラエティ「ねるとん紅鯨団」、1988年お笑い番組「とんねるずのみなさんのおかげです」、1991年お笑い番組「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」が放送を開始。各番組が高視聴率を記録し、歌手活動でも「情けねえ」や「ガラガラヘビがやってくる」もヒットを飛ばし、とんねるずの人気はこの頃絶頂期を迎えた。1994年、石橋貴明はハリウッド映画「メジャーリーグ2」で助っ人日本人選手「タカ・タナカ」として出演を果たす。 1996年からは石橋貴明単独で中居正広とともに音楽番組「うたばん」の司会を担当。1997年3月、「とんねるずのみなさんのおかげです」が放送終了するも、3ヶ月後に「とんねるずのみなさんのおかげでした」として復活。2000年、スポーツのスペシャル番組「とんねるずのスポーツ王は俺だ!」が放送開始。2020年6月、石橋貴明はYouTubeチャンネル「 貴ちゃんねるず」を開設。大きな話題となり翌月には登録者数100万人を突破。