石橋貴明

お笑いタレント

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石橋貴明の名言

石橋貴明の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 彼は人間が出来てますから大丈夫ですけど、僕はダメです。

  • 「なんでウチにはサンタが来ないの?」オレはお袋に聞いた。そしたらお袋が「貴明…ウチには煙突が無いからよ」って。オレは思った。「お袋、煙突が無いんじゃない。金が無いんだろっ!」ってね。

  • 自分がどっかでビビってないと、タレントなんて終わっちゃうからね。この間、デビッド・ボウイのビデオを見てたら、「危機感があるうちは自分は大丈夫だ」っていってて。「おー、俺は、デビッド・ボウイと同じ考えなんだ!」って、ミョーに自分で「うん!」って思ったんだけど。

  • 不器用に、コツコツやるしかないかなと思いますね。近道はないですよ。

  • オレは天才というより人災だ。

  • もし僕が女性で、僕みたいな人間が「CAZ」に出てたら「なんでコイツが語るのよっ」って、ページを飛ばすタレントのひとりでしょうね女性に合うキャラクターじゃないですからね、僕は。

  • もし、おれの生き方が多少強引で、自分を信じ込みすぎるところがあるとすれば、それは、誰から教わったものでもない。まぎれもなく、おやじから受け継いだ血のせいだとおもう。

  • 「酒蔵駒忠のハーレーダビッドソンにクリスマスイブの日、ずーっと乗ってっからな!お前ら全員見に来い!」そんな嘘八百ばっか言ってたんですよ、オールナイトフジで。それを酒蔵駒忠のオーナーが気に入ってくれて。次の日から「頑張れとんねるず」って幟を1年間立ててくれたんです、ハーレーの横に。

  • 憲武とはね、キャッチボールというんじゃなくて、剣道とか柔道みたいなもんなんだ。ふたりの間には何か間合いみたいなものがあって、ヒョッと体を入れたら、ヒョッと体をかわされたり、ヒョッと併せられたり。

  • 別に俺らはダウンタウンとどうこうあるわけでもない。

石橋貴明の名言を見ている方へお薦めする名言

石橋貴明の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

石橋貴明について

石橋貴明(イシバシ・タカアキ)は東京都出身のお笑いタレント。お笑いコンビ「とんねるず」で活動し、「とんねるずのみなさんのおかげです」、「とんねるずのみなさんのおかげでした」、「ねるとん紅鯨団」、「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」などの番組で活躍。とんねるずは歌手活動にも力を入れ、「ガラガラヘビがやってくる」は140万枚以上のCD売上を記録。2020年からはYoutuberとしても活動。

1961年10月22日、東京都板橋区に生まれる。板橋区立赤塚第二中学校を卒業後、帝京高校に入学。帝京高校の同級生だった木梨憲武とお笑いコンビ「貴明&憲武」を結成し、素人参加型のお笑い番組に出演。その後高校を卒業して石橋貴明はホテルマン、木梨憲武は自動車会社に就職。1980年、素人参加型お笑い番組「お笑いスター誕生!!」への挑戦のためコンビ名を「とんねるず」と改めて再結成し仕事を辞める。同年「お笑いスター誕生」で9週勝ち抜くも10周目で落選。1982年「お笑いスター誕生」で10週勝ち抜きを達成してグランプリを獲得。1983年から深夜番組「オールナイトフジ」に出演。1985年、女子高生アイドルバラエティ「夕やけニャンニャン」に出演し人気を獲得。1987年恋愛バラエティ「ねるとん紅鯨団」、1988年お笑い番組「とんねるずのみなさんのおかげです」、1991年お笑い番組「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」が放送を開始。各番組が高視聴率を記録し、歌手活動でも「情けねえ」や「ガラガラヘビがやってくる」もヒットを飛ばし、とんねるずの人気はこの頃絶頂期を迎えた。1994年、石橋貴明はハリウッド映画「メジャーリーグ2」で助っ人日本人選手「タカ・タナカ」として出演を果たす。 1996年からは石橋貴明単独で中居正広とともに音楽番組「うたばん」の司会を担当。1997年3月、「とんねるずのみなさんのおかげです」が放送終了するも、3ヶ月後に「とんねるずのみなさんのおかげでした」として復活。2000年、スポーツのスペシャル番組「とんねるずのスポーツ王は俺だ!」が放送開始。2020年6月、石橋貴明はYouTubeチャンネル「 貴ちゃんねるず」を開設。大きな話題となり翌月には登録者数100万人を突破。