奥田民生

ミュージシャン、音楽プロデューサー

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奥田民生の名言

奥田民生の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 真面目にはやっているんですけど、回り道が多いというか、休憩が多いです。休憩の中からアイデアが出てくるもんなんだけど。

  • 出なくなっても、出ないなりに適当にやるからね。ストイックな人って、ちょっと声が出ないと「もう俺はダメだ」ってなるけど、俺は全然平気だからね。

  • 時々褒めるね、自分を。いいの作ってんじゃないかと!この調子で頼むよと!

  • 1個すごいの作ろうって思ってないんすよ。ずーっと作り続けなきゃいけないっていう、いつまでできるんだっていうのを心配しながら、たくさん作らなきゃいけないじゃん?自分の持ってる残り少ない能力を分散しなきゃいけないのよ。

  • やるのは簡単ですよ。簡単だからこそ、それをやる人間の力量が試されると言いますか、そういうものだと思うんです。音楽自体が。あるいは、演奏するということ自体が。

  • 曲を作ったり歌詞を書いたり、ということについては産みの苦しみみたいなものがありますよね。だから、そこはあまり楽しい作業ではないんですけど、それができて録音する段階になると…、そこはライブも同じですけど、もうやるだけですから、それはもう楽しいですよ。

  • 手と手がはなれたら、またつなげばいいだけのことなんです。

  • 「ファンのために申し訳ないから、今日は中止して延期だ」とか言ってる人いるじゃない。俺は逆にそういう人はストイックを勘違いしてると思ってんの。ダメならダメで、自分がその日どうだったかということで。

  • 自分で自分の作った曲に似るっていうのが、わりと起きがちなんですよ。いっぱい作ってると。できた~と思ったら、なんか聞いたことあるっていう。そう、「イージュライダー」やないかいっ!って…。

  • 自分の曲楽しいよ、聴くの。自分の好きなように作ってあるわけだからさ。楽しいさ。

  • もっとこう、僕らに理解出来ないようなことをしてほしいんですよね。「若い奴は何考えてるかわからん!」と思いたいんだけど、なんかこう、ちゃんとしてるのが多いっていう。

  • 仕事はもちろんやる気があるので今まで通りやりつつ、やはり時代の移り変わりが早いので、どんどんアイデアを出さなきゃいけないなと思っています。

  • 仕事と言いながら、やってることは楽器を弾いたり歌ったりしてるわけで、遊んでるのと同じですから。

  • 自分と違うという理由で人をせめてはいけない。

  • 力を抜いて気をぬかず。

  • 大人は何してもいいんじゃない?悪行はダメだけど。大人は何してもいいってならないと憧れないじゃないっすか!?

  • ギリギリでいかないと、面白くないし。

  • 自分のことを理解してくれてる人がね、もっと少ないと思ってたんですよ。案外俺はこう、人に受け入れられているなあというのは、やっぱりイメージとちょっと違ったけども。

  • ソロだったのでバンドの時にはなかった時間もありましたから、曲を作る活動もしようかなと。自分の曲ばかりを作っていましたが、人に曲を提供するということは言い逃れができない状況なので真面目に曲作りをするだろうと思ったんです。

  • 楽器を全部一人で演奏するっていうのは、一番ゆるい形なんで。ただもちろん、全部ひとりでやらないといけないんで疲れはするんですけど、メンバーとスケジュールを合わせなきゃとかがないんで、楽は楽です。

    解説:  ソロアルバム「O.T. Come Home」について

  • やっぱり作ってるときの意識が「自分が納得できればいい」というのとは違うので。外を向いているじゃないですか。わかりやすくなってたり。ポップ・ミュージックということを考えれば、それは正しい方向だと思うんですよ。自分のをひとりでやるにしても、聴くのは他人ですし、外に向かないといけないんですけど、そのことが人のために作るほうがやりやすいということがあるんですよね。

  • 歌詞の題材は何でもいい。と同時にそういうところで悩む必要はないということも言いたい。題材なんて何だって、人は感動するんではないかと。

  • 責任を持つこと。一緒にいる人もなんとかすること。

  • たたかえ若者よ。わしらが楽になる。

  • 音楽が楽しそうでいいねと思ってくれたら…。

  • 夢もないし、予定もないんだけど、どうやったら明日の仕事が楽に出来るかなとか…。

  • 「恋のかけら」を作った時に「あ、こりゃイエローモンキーじゃねえか!」と思ったんですよ。

  • もっとちゃんとしなきゃいけないなと……。みんながユルい側に来てもらうと困りますね。

  • ボクらは相変わらずバンドやったりしながらSNSなどの便利な道具を使っているわけですが、結局付き合うのは人と人。それは変わらないわけです。

  • なんやかんや30年近くこの世界でやってますんで、もはや辞めるわけにもいきませんし、他の仕事も多分できないでしょうからね。何とかこの仕事を死ぬまで全うしたいと思っております。今までやってきたことを変わりなくやっていければいいですね。

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奥田民生について

奥田民生(オクダ・タミオ)は広島県出身のミュージシャン、音楽プロデューサー。人気ロックバンド「UNICORN」のボーカルとして活躍し「大迷惑」、「働く男」、「雪が降る町」、「すばらしい日々」などをヒットさせた。ソロミュージシャンとしても「愛のために」、「息子」、「イージュー★ライダー」をヒットさせた。のちにプロデュース業にも進出し、女性デュオ「PUFFY」をプロデュース。作曲も担当した「アジアの純真」、「これが私の生きる道」、「サーキットの娘」、「渚にまつわるエトセトラ」がミリオンセラーとなった。

1965年(昭和40年5月12日、広島県広島市に生まれる。広島市立二葉中学校在学中にロックバンドを結成。広島皆実高校を経て広島電子専門学校に入学。1986年、川西幸一、手島いさむを中心として広島で結成されたロックバンド「UNICORN」へと勧誘されて加入。同年UNICORNはソニーミュージックのCBSソニーオーディションに合格。バンドメンバーは上京して1987年にアルバム「BOOM」でメジャーデビューを果たす。一方で奥田民生は広島電子専門学校を中退。1989年にファーストシングル「大迷惑」を発売。オリコン最高12位のスマッシュヒットとなり、新時代を感じさせる音楽性からカリスマ的な人気を得る。その後は「スターな男」、「ブルース」、「雪が降る町」、「すばらしい日々」などをヒットさせたが、「雪が降る町」、「すばらしい日々」で作曲の奥田民生が目指した音楽で他のメンバーとの齟齬が生じた。この音楽性の違いによって1993年にUNICORNは解散。奥田民生はソロ活動を本格化させた。

1994年シングル「愛のために」を発売しミリオンセラーを達成。1996年、奥田民生は大貫亜美と吉村由美からなるソニーミュージック所属のデュオ「PUFFY」をプロデュース。デビュー曲「アジアの純真」が118万枚を売り上げるミリオンヒットとなると、「これが私の生きる道」、「サーキットの娘」、「渚にまつわるエトセトラ」など次々にヒット曲を生み出した。2002年、奥田民生は東京スカパラダイスオーケストラのシングル「美しく燃える森」に、ゲストボーカルとして参加。2009年にUNICORNが活動を再開した。