島田紳助

お笑い芸人、司会者

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島田紳助の名言

島田紳助の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 夢中という言葉が好きです。字の如く、夢の中です。何かに夢中になっているとき、人は夢の中にいるのです。叶うと信じ、揺れ動く心の中の自分と向き合い、頑張っている日々。そんな日々をたくさん過ごすために生まれて来たのです。

  • マジメの定義は難しいですが、仕方なく会社へ行き、仕事をして、同じ時間に帰ってきて、テレビを見て、寝る。それをマジメというのでしょうか。マジメとは、夢を持ち、努力して生きている人のことではないでしょうか。

  • 夢が叶う人はわずかです。でも、叶った瞬間は、実は夢が消えてしまう瞬間なのです。ですから本当は、夢に向かってトライしている時が、一番幸せな時間です。

  • 人生において一番してはいけないこと、それは何もしないことです。

  • 年をとった人間は、若さが買えるなら1億円だって払う。だから、若いということは、ポケットに1億円持っているのと同じ。でも使わないでいると、なくなってしまうお金なんだよ。だから、使わないと。

  • 才能がなければ、どうにもならないが、努力しなければ、本当に才能があるかどうかも分からない。

  • 努力するっていうのは本当は5するものやのに、2しか努力してへん奴が「俺は努力している。俺はこんなに努力しているのに・・・」って言うんや。

  • 無理やわ無理やわ思ってたら、絶対無理やで。イケる思うから、前へ行けんねんな。

  • 大きな失敗をした人は、失敗の苦しみを知っている。激しい挫折感やどうしようもない悔しさや、やり切れない思いを抱えている。そういう思いは、新しい何かに向かって走るときの、強力なエンジンになる。

  • 20戦を全勝しなアカンと思ってるやろ!だから、1敗でもしたら全部が無駄になると思ってしまうやん!そうじゃないで人生は!人生は15勝14敗でいいねん!1勝でも勝ち越した奴が幸せな人やねん!

  • ドライブに行った帰り道は早い。なんでいうたら一度見た風景やから。だからドライブ行った時は、帰り道は違うルートで帰んねん。生きる事もそうやて。今までと違う生き方をすんやて。

  • 辛いこと、苦手なことをやって、苦しいときは成長している証しです。だから、ニヤッと笑いながら苦しんでください。

  • 先生が決めたことが守れない。親の言うことが守れない。国の法律もうまく守れない。そんな私でしたが、18歳の時、ひとつだけ決めたことがあります。自分の決めたことだけは何があっても守ろう、と。自分の決めたことを守れなかったら終わりだ、と。大切なのは、自分で決めるということです。

  • 一見優しいのと頼りないのは一緒だから。恋をしたとき優しいと思うんです。で、結婚して頼りないと気がつくんです。

  • 少しずつ、ほんの少しずつ、ずーっと頑張る。それが人生、勝つ方法です。その頑張りは、角度にしたらたったの1度です。でも、たった1度の先は、大きく離れています。たった1度なら、誰でも努力できるはずです。

  • お金以外にも喜びがなければ、いい仕事はできへんよ。

  • 夢に向かうでも、ちょっとした目標に向かうだけでもいい。行く道のわからん奴に進む道はない。

  • 今日、経験したことは新しい絵の具。今は使わないかもしれないけど、いつ使うかわからん絵の具の種類をたくさん増やさないと。いざ絵を描くときに、絵の具は多い方がいい。

  • 恋愛は予防接種と一緒。一つずつ受けて成長していくんや。恋の病気は治らんぞ、と。

  • 30%の不安、夢のためにはこれ、必要やねん。不安がなかったら努力せんもんなぁ。

  • 世間体などクソ食らえです。自分が思ってるほど、世間は何とも思っていないのです。

  • 先のことは何も考えていないんですけれど、人生でやったことないことを全部しとこうぜ、と。何が楽しいかわからんでしょ。今まで広いようで狭い世界で生きてきたから。

  • お笑いのセンスは、生まれつきの、天性のものなのだ。残酷なようだけれど、努力は関係ない。センスというものだけは、努力でどうこうできるものではない。

  • 友達同士は助け合わない、ということを教えてくれたのも友達。

  • 絵を描くって思うと、人間はモノをちゃんと見るようになる。

  • 二人でチームとしてやってきた。それでいい成績を収めたのは二人の成果や。俺が目立つ、お前は目立たない。だから「私は役に立ってない」とお前はへこむ。でも、そうじゃない。メカニックとレーサーがいて、はじめてレースに出られたんや。

  • 学校一つ作っても何も変わらん世界中に学校は何十万と必要やでも無いよりもあった方がいい。

  • うまくいかない時に、他人や環境のせいにする人間は、幸福にはなれません。

  • 偽善者と呼ばれてもいいやないか、みんなで偽善者になろう。

  • 人間、誰かにちょっと負けてるなあと思ったときは、だいぶ負けている。だいぶ負けてるなあと思ったときは、もうむちゃくちゃ負けているものなのだ。

島田紳助の名言を見ている方へお薦めする名言

島田紳助の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

島田紳助について

島田紳助は京都府出身のお笑い芸人、司会者。本名・長谷川公彦。松本竜介とお笑いコンビ紳助・竜介を結成し、1980年代初頭の漫才ブームにのって人気タレントとなった。解散後には司会業を中心に活動し、「クイズ!ヘキサゴン」、「嗚呼!バラ色の珍生!!」、「行列のできる法律相談所」、「開運!なんでも鑑定団」など人気番組を多数生み出した。漫才日本一を決める「M-1グランプリ」の創始者としても知られる。また、土曜朝のニュース番組「サンデープロジェクト」の司会を務めたこともある。2011年に交友関係を理由として芸能界を引退した。

1956年(昭和31年)3月24日、京都府京都市南区唐橋に生まれる。教育一家に育つが中学生頃から不良となり京都学園大学に入学するも中退。お笑いの道を目指した。お笑いコンビB&Bの島田洋七に憧れ、1974年に洋七の師匠である島田洋之介・今喜多代に弟子入り。1977年に島田紳助は劇場のスタッフだった松本竜介と「紳助・竜介」を結成。紳助・竜介は若者に向けた「ツッパリ漫才」を発案。NHK上方漫才コンテストで優秀敢闘賞を受賞するなど頭角を表し、1980年頃から始まる漫才ブームの波にも乗って人気コンビとなった。

しかし、紳助・竜介の人気は長く続かず、島田紳助個人でのテレビ出演が増えたこともあって紳助・竜介は1985年に解散した。1989年からは土曜朝の政治番組「サンデープロジェクト」で司会を担当。1990年代に入ると島田紳助は「嗚呼!バラ色の珍生!!」、「開運!なんでも鑑定団」、「歌のトップテン」、「オールスター感謝祭」などで司会を務め、司会者として活躍が目立つようになる。さらに2000年代からは「行列のできる法律相談所」・「人生が変わる1分間の深イイ話」、「クイズ!ヘキサゴン」なども始まり、島田紳助は日本を代表する司会者となっていった。2001年にはスポンサー集めから、キャスティング、審査委員長まで手掛けて漫才日本一を決める「M-1グランプリ」を立ち上げた。ところが2011年に島田紳助は不適切な交友関係があったことを理由に芸能界を突如引退。一説には暴力団関係者との関係が問題になったと言われている。