井原西鶴

浮世草子作家・俳諧師

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井原西鶴の名言

井原西鶴の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 憂うる者は富貴にして憂い、楽しむ者は貧にして楽しむ。

  • その身に染まりては、いかなる悪事も見えぬものなり。

  • 生あれば食あり、世に住むからには何事も案じたるがそんなり。

    出典:  「日本永代蔵」

    解説:  生きていさえすれば、食べていくことはどうにかできるものである。世の中というのは、何事も心配していては損である。あれこれ心配ばかりしていては、人生を楽しむことができないものだ。

  • 富貴は悪を隠し、貧は恥をあらはすなり。

  • 人の心程、かわり易きはなし。

  • その身はたらかずして、銭が一文天から降らず、地から湧かず。

  • 美女は、命を断つ斧。

  • 世の中に下戸の建てたる蔵もなし。

  • 人間は欲に手足のついたものぞかし。

  • 商人、職人によらず、住み慣れたるところを変わることなかれ。石の上にも三年と俗言に伝えし。

  • 世の中はかしこきものにて、又だましやすく候。

  • 世に銭ほど面白き物はなし。

    出典:  井原西鶴「日本永代蔵」

  • 一日まさりになじめば、人ほどかわいらしき者はなし。

    出典:  井原西鶴「好色二代男・西鶴諸国ばなし」

井原西鶴の名言を見ている方へお薦めする名言

井原西鶴の残した名言を分析し、それらの名言の傾向に近い名言を厳選して紹介します。

井原西鶴について

井原西鶴は江戸時代前期に活躍した。「好色一代男」、「好色五人女」、「好色一代女」、「日本永代蔵」、「世間胸算用」などを残した浮世草子作家であり、俳諧師。俳諧とは連歌から枝分かれした歌のことで、より自由で遊びがあるのが連歌との違いである。

1642年(寛永19年)大阪生まれ。若い頃は俳諧の連歌を歌う俳諧師として活躍し、各地で俳諧の興行を行ったり、興行で作った俳諧を出版するなどしていた。1682年(天和2年)41歳となっていた井原西鶴は、浮世草子の第一作「好色一代男」を刊行する。好色一代男は庶民の男性の自由気ままな生活を滑稽さと官能性をもって表現した娯楽性の高い物語で、人気を博した。好色一代男以降、こういった滑稽さをもって人間を肯定的に描く作品を「浮世草子」と呼ぶようになり、それまでの仮名草子と区別されるようになる。井原西鶴は好色一代男の成功の後、「好色五人女」、「好色一代女」、一介の町人が江戸時代の経済を生き抜き、金持にになっていくさまを描いた「日本永代蔵」、一年の締めくくりである大晦日の商人の金の貸し借りのさまを描いた「世間胸算用」などを発表。井原西鶴は江戸時代を代表する作家となった。1693年(元禄6年)死去。享年51歳。