谷川俊太郎

詩人、翻訳家

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谷川俊太郎の名言

谷川俊太郎の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 正しい理屈や理論じゃないものが人間を動かすこともある、それを信じてもいいんじゃないかと僕は思います。

  • ひとつのおとに ひとつのこえに みみをすますことが もうひとつのおとに もうひとつのこえに みみをふさぐことにならないように

  • 何にもまして幸せなのは かたわらにひとりのひとがいて いつでも好きなときに その人の手に触れることができるということ

  • 正しい理屈や理論じゃないものが人間を動かすこともある、それを信じてもいいんじゃないかとぼくは思います。

  • 長い間一緒に暮らして、その間に芽生える感情こそが「愛」で、そのことの方が恋愛よりもずっと大事。

  • ともに生きるのが喜びだから ともに老いるのも喜びだ ともに老いるのが喜びなら ともに死ぬのも喜びだろう

  • 生きること それが烈しく今日である

  • 自分を愛すること。それは生を愛することに他ならない。

  • だけどおれにはおれしかいない そうだおれにはおれしかいない おれはすてきなひとりぼっち

  • 人と出会ったおかげで、自分とも出会えた。

  • どっかに行こうと私が言う どこ行こうかとあなたが言う ここもいいなと私が言う ここでもいいねとあなたが言う 言ってるうちに日が暮れて ここがどこかになっていく

    出典:  谷川俊太郎「女に」

  • 詩は金融市場とは無縁ですが、詩をお金の力が届かない聖域に祭り上げるのも、誤魔化しのように思えます。

  • 老人たちはもう人生を問わない ただそこにいることで 人生に答えている

  • 何の詩もないのに 何の音楽もないのに 心にひとつのリズムが生まれ 眼に涙が浮かぼうとしている

  • ことばで問われた質問に、いつもことばで答える必要はないの。深い問いかけにはアタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

  • よるになったらほしをみる ひるはいろんなひととはなしをする そしてきっといちばんすきなものをみつける みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる だからとおくにいてもさびしくないよ ぼくもういかなきゃなんない

  • 長い間、一緒に暮らして、その間に芽生える感情こそが「愛」。

  • 自動車が走ることは複雑なことだ。しかし人間が歩くことの複雑さには遠く及ばない。

  • ぼくはいつも何かことば以上のものにこがれていて、そのため、時にはただ黙っていたいのです。

  • わたれぬような河のむこうに のぼれぬような山があった 山のむこうは海のような 海のむこうは街のような 雲は暗くー 空想が罪だろうか 白い額縁の中に そんな絵がある

    出典:  谷川俊太郎「二十億光年の孤独」

  • 雲に乗るのもいいし、風に乗るのもいいし、音に乗るのもいいし、気持ちに乗るのもいいんじゃないかなぁ。機械じゃない乗りもの、手でさわれない乗りものが、未来の乗りものです。

  • 詩を書くには、自我がないっていうことが、ひとつの条件としてあるんだと、思ってます。自分を空っぽにして言葉を呼び込むのが詩の書き方だというふうに思ってる。

  • せんそうがはじまると ひももわごむもせろてーぷも てきみかたのくべつなく にんげんのためにはたらいた そのささやかなはたらきが へいわをもたらすことにはならなかったが

    出典:  谷川俊太郎「すき」

  • 子どものころはすごく自然にその言葉の音楽性とか、言葉の楽しさみたいなものを口にしているんだけども、小学校へはいると、だんだん言葉っていうものがわりとしかつめらしい「意味的」なものに偏してきてね、早口言葉的なおもしろさとか、そういうものは教育面ですごく無視されているでしょう。それはぼくはよくないと思うんですよ。基本的な日本語を美しく発音してね、その言葉に内在しているリズムみたいなものをちゃんと声に出せる訓練をしてるかっていうと、そういうものはすこしもないわけでしょう。

  • ひもにむかってわごむはさけぶ おまえはもうじだいおくれだ せろてーぷはだまってきいている それぞれにやくにたてばそれでいい それがせろてーぷのたちば

    出典:  谷川俊太郎「すき」

  • 俺がおととい死んだので 友だちが黒い服を着こんで集まってきた 驚いたことにおいおい泣いているあいつは 生前俺が電話にも出なかった男 まっ白なベンツに乗ってやってきた
    俺はおとつい死んだのに 世界は滅びる気配もない 坊主の袈裟はきらきらと冬の陽に輝いて 隣家の小五は俺のパソコンをいたずらしてる おや線香ってこんなにいい匂いだったのか
    俺はおとつい死んだから もう今日に何の意味もない おかげで意味じゃないものがよく分る もっとしつこく触っておけばよかったなあ あのひとのふくらはぎに

    出典:  谷川俊太郎「詩を贈ろうとすることは」

  • 病院は秘密のない近代都市に似ている。

  • 自己紹介
    私は背の低い禿頭の老人です もう半世紀以上のあいだ 名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など 言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから どちらかと言うと無言を好みます
    私は工具類が嫌いではありません また樹木が灌木も含めて大好きですが それらの名称を覚えるのは苦手です 私は過去の日付にあまり関心がなく 権威というものに反感をもっています
    斜視で乱視で老眼です 家には仏壇も神棚もありませんが 室内に直結の巨大な郵便受けがあります 私にとって睡眠は快楽の一種です 夢は見ても目覚めたときには忘れています
    ここに述べていることはすべて事実ですが こうして言葉にしてしまうとどこか噓くさい 別居の子ども二人孫四人犬猫は飼っていません 夏はほとんどTシャツで過ごします 私の書く言葉には値段がつくことがあります

    出典:  谷川俊太郎「私」

谷川俊太郎の名言を見ている方へお薦めする名言

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谷川俊太郎について

谷川俊太郎は昭和から平成にかけて活躍した詩人。初の詩集「二十億光年の孤独」で若くして脚光を浴び、「日々の地図」、「六十二のソネット」、「世間知ラズ」、定義」、「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」などの詩集を発表。活動は詩作にとどまらず、エッセー、童話、歌詞、戯曲、児童文学作品の翻訳など様々な分野で幅広く活躍。

1931年(昭和6年)12月15日現在の東京都杉並区で生まれる。父は哲学者であり、法政大学総長も務めた谷川徹三。東京都立豊多摩高校を卒業後の1950年(昭和25年)、文学誌「文學界」に詩「ネロ他五編」が掲載されて文壇デビュー。1952年(昭和27年)初の詩集となる「二十億光年の孤独」が刊行されると、戦後の詩壇で注目の若手として一気に脚光を浴びる。1953年文芸同人誌「櫂」に参加。同年詩集「六十二のソネット」を発表。その後も精力的な詩作活動を続け、「落首九十九」、「定義」、「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」、「コカコーラ・レッスン」、「日々の地図」、「よしなしうた」、「世間知ラズ」などの詩集を発表。1983年(昭和58年)詩集「日々の地図」で読売文学賞、1993年(平成5年)「世間知ラズ」で萩原朔太郎賞を受賞している。また、選詩集も手がけ「谷川俊太郎詩集」、「続・谷川俊太郎詩集」、「続続・谷川俊太郎詩集」などを発表。

また、「日本語のおけいこ」、「ことばあそびうた」など児童向けの絵本や童話も多数発表している。海外の児童文学作品の翻訳も行い、「マザー・グースのうた」では日本翻訳文化賞を受賞した。戯曲では、1986年(昭和61年)「いつだって今だもん」で斉田喬戯曲賞を受賞した。「鉄腕アトム」の主題歌の作詞、シナリオライターの活動、映画製作、自作詩の朗読活動など、多くの分野で精力的に活動。