石原慎太郎

作家、政治家

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石原慎太郎の名言

石原慎太郎の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 人生を生き抜くにあたって、自分なりのビジョンや目標を持たない人は、現状維持的な考え方や、保守的な行動をとりがちになる。

  • もし、君が年老いて、過去を振り返るときが来たなら、危機は自分の人生を充実させた最も幸福な瞬間であったことに気づくだろう。

  • 己の生き方を決めるのは、運命ではなく自分自身である。自分の力の持てる限りをふりしぼって生きるとき、運命はおのずから開けるのである。

  • 逆境に陥った人間が、どんな対応を見せるかによって、その人の真価がわかるのである。

  • 私はこのごろ、日本という国家そのものが衰弱してきているように思えて仕方がない。何故こんな国になってしまったのか。それは、戦後66年間、米国の傘の下でよくわからない「平和」を享受しながら、何も考えずにやってきたことのツケが回ってきているのだと思います。米国は自由、フランスは自由、平等、博愛という国家思想を持っていますが、今の日本人が持っているのは「我欲」だけ。金銭欲、物欲、性欲です。

  • 人間の価値って個性でしょ。個性を裏打ちするものは感性、すなわち情念。情念までコントロールして、情報に埋没してるのが現代。

  • 私は人間の価値というのは、「人と違うこと」だと思っています。では、人の違いは何が一番かといえば、それはやはり人間の感性なんです。その感性を育てる教育をしないと、変わった人間というのは出てこない。

  • 侮蔑軽蔑はリカバリーショットがきかないね。とにかく馬鹿にされたら、もうダメだね。

  • 滞まる水は大量にあっても弱く、躍動する水は一滴でも強い。

  • 日本という国は決して単一民族で成り立っている国家ではなしに、実は遠い過去から四方八方の外地から流入した多数のルーツを持つ人間たちによって出来上がってきた多民族国家である。

  • 自分のビジョンや目標を持つ人は、それをなんとか達成しようとする意思が働き、前向きの考え方をするようになる。おのずから、行動もそれに従い、活気のある生き方ができるようになる。将来へのビジョンを頭に思い描くことにより、生きる態度も変わってくる。

  • 群を抜く仕事を成した人間を、人々は天才と呼ぶが、何の努力もなしに天才であった人はいない。才能の二倍、三倍の努力をしなければ、才能は表れてくれない。

  • 人生はしばしば長い航海に例えられる。ときには嵐に見まわれ、暗礁に乗りあげることもある。だが、挫折を知り、敗北を味わった者が、苦しみのどん底から立ち直ったとき、自分の本当の航路を見つけることができる。大きな嵐を経験した者は、嵐の恐ろしさを知るとともに、それを乗り切る術も身につけるのだ。羅針盤に代わる強靭な精神力を得ることができるのだ。

  • あんまり出来のよくない総理大臣が出てきて、漢字も読めない総理を含めて自民党は軽蔑されましたな。これはやっぱりね、自業自得だと思う。ただやっぱり、日本人というのは風に弱いな、という感じがしましたね。空恐ろしい。この振幅の激しさというのはやっぱり怖いね。

  • 相手が強けりゃなお良いじゃないか。十中八九はかなわねえ奴でも、万が一、ニにはチャンスがあるんだからね。見てる方にはつまんなくったって、やる方にとったらこんな面白い試合はないさ。やってみなけりゃわからねえよ。やってみなけりゃ。

  • 君の一生が順風満帆のままで終わるなら、君は自分の人生に何も得られず、何も残すことができない。

  • 人間の価値というのは「人と違うこと」だと思う。好きなことさせてやりゃいいんですよ。

  • 情熱的に生きるということが、男らしく生きるということならば、それは自分の自我を通し、自分の個性的現実を貫き、社会的現実に屈しないという生き方だと思う。

  • 俺はヘンな人間を好きになるんだよ。それで7割ぐらいは裏切られたり何らかの被害にあったりするんだ。でもね、3割はですね、実に強いキャラクターのある人間たちだった。

  • 日本は相変わらず国連さまに依存して、結局その国連は何の役にも立たなかったじゃないですか。私たちは国連やアメリカを気にしなくとも自分自身でこの国を十分守れる。

  • わたしは誰にも利用されてません。自分の行く道、やることは自分で決めます。言いたいことも言えないような立場なら辞めるべきなんですよ。

  • いつか若い連中が出てきて足すくわれる、そういう戦慄を期待したけど全然刺激にならない。

  • 人間は、とくに男は、ある時、自らの弱さをかまえて、死ぬほどつらい、いやむしろ死んだ方がましだと思うほどの辛さを味わうことが必ずある。人は同情をかざしていろいろ言ってくれても、最後は自分ひとりぎりぎりの選択をしなくてはならぬ人生の時があるものだ。それに勝っても負けても、それをくぐらなくては一人前の競争者、一人前の勝負師、一人前の男にはなり得ない。

  • 人生に代行などありはしない。生きるということは、一人のものでしかない。誰も君に代われぬし、君も誰のために代われるものではないのだ。

  • 日本の子どもはこらえ性がないから、結局ニートになってしまうし、また、それを社会全体が放置して。ニートなんて格好いいように聞こえるけど、みっともない。無気力・無能力な人間のことです。

  • ぼくなんか、自分が死んじゃったら日本国家は消滅すると思ってる。

  • 伝統を絶対化したら何もできない。進歩もない。

  • 漫然と歩くだけの人生から、力の限り疾駆する人生へ。

  • フリーターとかニートとか、何か気のきいた外国語使っているけどね。私にいわせりゃ穀つぶしだ、こんなものは。

  • 人生を一つの作品と考えるならば、子供時代は材料集めの時期、青春時代を試作品の時期、壮年時代を作品完成期、老年期を仕上げの時期と言い得ることができるのではないだろうか。

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石原慎太郎について

石原慎太郎は日本の小説家及び政治家。弟は俳優の石原裕次郎。一橋大学在学中に小説「太陽の季節」を書き上げ、芥川賞を受賞。小説家として活躍したのちに政治家に転身。参議院議員選挙で全国区のトップ当選を果たす。その後衆議院に鞍替えし、当選9回。環境庁長官、運輸大臣を歴任。1999年には都知事選に立候補して当選。4期に渡って都知事を務めた。代表的著作に太陽の季節のほか、弟、「NO」と言える日本、天才などがある。

1932年(昭和7年)9月30日兵庫県神戸市生まれ。父は船舶会社に勤務。弟に俳優の石原裕次郎がいる。父の転勤により小樽、逗子に転居。湘南高校卒業後、一橋大学法学部に入学。一橋大学では休刊中だった同人誌「一橋文芸」を復刊させ、「灰色の教室」、「太陽の季節」などを発表。既存の価値観に反逆する戦後の若者世代を描いた「太陽の季節」は文学誌「文學界」にも掲載され史上最年少で芥川賞を受賞。反逆する若者世代を指す「太陽族」という流行語を生んだ。大学卒業後、石原慎太郎は映画監督を志望して東宝に入社するが、入社後すぐに退社。以後も映画製作には関わり映画「若い獣」を監督するなどした。以後は小説家として活動し「狼生きろ豚は死ね・幻影の城」、「スパルタ教育」。「化石の森」などを発表しながら、1968年の参議院議員選挙の全国区に自民党から出馬。トップ当選を果たす。

1972年に4年で参議院議員を辞職し、衆議院選挙に東京2区から無所属で出馬して当選。のちに自民党に入党。1975年都知事選に出馬するものの落選。1976年の衆院選で石原慎太郎は再び当選を果たし、福田赳夫内閣で環境庁長官、1987年竹下内閣で運輸大臣を歴任する。1989年、石原慎太郎は自民党総裁選挙に出馬するが、447票中48票しか集められず、海部俊樹に惨敗。同年盛田昭夫との共著『「NO」と言える日本』を発表。1995年衆議院議員を辞職。1996年原裕次郎を題材にした「弟」を発表。ミリオンセラーとなる。1999年都知事選に立候補して当選。以後、石原慎太郎は4期にわたって都知事を務めた。2012年に都知事退任すると再び国政を目指し、新党「太陽の党」を結党。太陽の党は日本維新の会に合流し、石原慎太郎は日本維新の会の代表に就任した。同年の衆議院議員選挙では東京の比例ブロックで当選し国政に復帰した。2014年体調不良により引退。2016年田中角栄を題材にした「天才」を発表しベストセラーとなる。