武者小路実篤

小説家、詩人、政治活動家

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武者小路実篤の名言

武者小路実篤の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 馬鹿なものは独身の間は結婚した時のよろこびを空想し、結婚すると独身の時のよろこびを空想する。

  • 本当にころがった者は起き上がると時は何か得をしている

  • その人にめぐりあわなければ恋は生じないと決まったものじゃない。
    彼女になる資格のあるものは世界には何千、何万といる。

  • 結婚するのも幸せだし、結婚しないのも幸せだ。どっちにも人間のよろこびはある。

    出典:  武者小路実篤「幸福者」

  • 愛されたく、尊敬されたいなら、それだけの値打ちを持たなければならない。

  • ものになるかならないかは、実に一寸したところで決まるのだ。昨日までものにならなかった人が、今日はちゃんとものになっていた、そういう事実を自分は何度か見た。

  • 死の恐怖を味わうということは、まだしなければならない仕事をしていないということである。

  • 笑われるのを恐れるよりは、心にないことを言うのを恐れなければいけない。

  • 色と言うものはお互いに助けあって美しくなるものだよ。人間と同じことだよ。どっちの色を殺しても駄目だよ。どの色も生かさなければ。

  • 金のあるものは金があるために不正なことをし、
    金のないものは金がないために不正なことをする。

  • 他人に要求することを、先ず自分に要求せよ。

  • 他人がどうであろうと自分さえ、ちゃんとしていればいい。するだけのことをすればいい。

  • 何のためにあなたたちは、生きているのですか。国のためですか。家のためですか。親のためですか。夫のためですか。子のためですか。自己のためですか。愛するもののためですか。愛するものを持っておいでですか。

  • 自分で幸福を感じている人は、それだけで満足し感謝するが、自分が幸福を感じないものは、他人に尊敬されたかったり、他人に報酬を求めたりする傾向になりやすい。

  • 結婚は早すぎてもいけない、おそすぎてもいけない、無理が一番いけない、自然がいい。

  • 自分の力に合うことだけしろ、その他の事は、おのずと道が開けてくるまで待て。

  • もう一歩。いかなる時も自分は思う。もう一歩。今が一番大事なときだ。もう一歩。

  • 怖くもない人間を恐れるほど馬鹿げたことはないのである。

  • よき友を持つものは、自分の方でもよき友に、なれるものでなければならない。自分だけが得することは、不可能である。

  • 心の美しい者は、皆に愛されるのは事実である。そして恐らく運命にも愛されるであろう。

  • すぐれた人間は、いざと言う時が来ないでも、いつも全力を出して仕事をしている。

  • 自分でも何かのお役に立つのだ。このことは喜びである。この喜びは自分の一生が、無意味でないことを示している。このことを幸福に感じるのである。

  • 僕が信用する人はどんな時でも、本音のあり場所を示す人だ。本当のことがわからない時は、わからないとはっきり言える人だ。

  • 心配しても始まらないことは心配しない方が利口だ。心配すべきことを心配しないのはよくないが、それも大胆に、いじけずに心配すべきだ。

  • この世の中には色々の不幸がある。しかしその不幸からよきものを生み出そうとし、また生み出し得るものは賢い人である。

  • 自己を責めることを知っているものは善人で、他人ばかりを責めるものが悪人だ。

  • 人間は神がつくったということは僕は信じられない。神がつくったものにしては人間は無常すぎ、不完全すぎる。しかし、自然が産んだとしたら、あまりにも傑作すぎるように思うのだ。

  • まあいい 俺の一生を何かの役に立てて見せる ころぶ時があっても

  • 美を感じるのはその人の心の深さに比例する。

  • どこまでも勝ち抜き、どこまでも生き抜くためには、勇敢であることが必要なのだ。

武者小路実篤について

武者小路実篤は明治末期から昭和にかけて活躍した小説家。口語調の文体を用い、人間や人間生命を賛美する小説に特徴がある。文芸・美術雑誌「白樺」を中心的メンバーとして創刊。また、調和的社会の実現を目指して「新しき村」を開村した。

1885年(明治18年)、東京都千代田区生まれ。武者小路家は藤原北家にルーツを持つ華族で、父武者小路実世は子爵であった。初等科、中等科、高等科を学習院で過ごし、1906年(明治39年)東京帝国大学哲学科入学。翌年には文学の創作活動に没頭し、武者小路実篤は同級生の志賀直哉や木下利玄らと「十四日会」を設立、大学を中退する。

1910年(明治43年)志賀直哉、有島武郎、有島生馬らと文学雑誌「白樺」を創刊。同誌に参加した作家たちは雑誌名から「白樺派」と呼ばれた。白樺は庶民よりも中間層から上流階級向けで比較的格調高く、敷居も高い雑誌であった。

1918年(大正7年)、個人の自我を尊重し、階級闘争のない理想郷を目指して、宮崎県に「新しき村」を開村。武者小路実篤も開村から6年間は農業に携わりながら文学活動を続けた。1951年(昭和26年)文化勲章受賞。代表作に「お目出たき人」、「友情」、「愛と死」、「真理先生」など。1976年(昭和51年)死去。享年90歳。

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