山中伸弥

医学者、iPS細胞の開発者

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山中伸弥の名言

山中伸弥の過去の名言をまとめた名言集です。

  • 私は、本当に誰もやっていないことだったら、どんな研究でも価値があると思っています。だからこそ、若い研究者には、誰かの真似ではないか、繰り返しではないか意識してもらいたいのです。本当のイノベーションは未知の領域でしか見つからないのです。

  • 日本人は勤勉ですが、気がつくと、「ハードワーク」をすること自体に満足して、ビジョンを忘れがちになってしまう。遅くまで会社や研究所にいることが目標のようになり、「何のために」ハードワークをするのか分からなくなってしまう。しかしそこを忘れてしまっては、真のゴール・成功にはたどり着けない。

  • しっかりしたビジョンがあれば、どんな仕事もとても楽になる。決断を迫られた時や悩み事がある時も、ビジョンに立ち戻ればいい。そこから自然と進むべき道が見えてくるはず。だからこそ若いうちに、しっかりとしたビジョンを持ってほしい。

  • 挫折や失敗こそ新たな変化へのチャンス。失敗は決して恥ずかしいことではありません。恥ずかしいのは失敗ではなく失敗を恐れて何もしないこと。

  • 研究をやめかけた時、奈良先端科学技術大学院大に拾ってもらい、一度死にかけたんだから何か面白い難しいことをやろうと思った。それも良かった。僕の大胆な思いつきにもかかわらず、研究室の人たちが本当に一生懸命実験をしてくれた。それぞれがたまたま1カ所でクロスした。それがなかったらiPS細胞はいまだに、少なくとも僕のところではできていないと思います。

  • 今の受験システムは教科書に書いてあることや先生が言ったことに疑問を差し挟むと、その人は入試にパスしない仕組みになっています。しかし、研究は全く逆で、教科書に書いてあることを疑う、先生が言ったことを疑う、そこからが始まりです。

  • 日本人はどちらかというと失敗しないように落ちこぼれないようにと人生を歩もうとします。日本の優秀な学生は安定した大企業に就職しようとする人が多いですがアメリカだと優秀な人ほどベンチャー企業に行きたがる。たとえ失敗したとしてもそれで終わりではないと知っているからです。

  • 本当に偶然なのですが、私の場合、実験結果に導かれるように研究テーマがどんどん変わっていきました。実験をすると、全く予想していなかった結果が起きる。すると、なぜそんな結果が出たのか、俄然興味がわいてくる。それを追究するために研究対象が変わる。そんなことを繰り返してきました。自分で決めたというより、自然に導かれたように感じています。

  • 研究は、最初から社会の役に立つようにしようと意識しすぎると、浅いものになりがちです。みんなが実用化間近の研究ばかりやりだすと、将来のイノベーションの芽が摘まれてしまいます。

  • 人材育成で大切なことは、やはり失敗を大切にするように教えることでしょうね。若いうちは何度でも失敗できますから、失敗を楽しんでほしいと思います。

  • 仮説が外れることなんてよくあることです。失敗するからこそ「なぜ」という疑問が生まれる。その原因を探って再チャレンジすることで新しい扉が開くんです。失敗しなければ成功は手に入らないと断言してもいい。

  • 何が良いのか悪いのかすぐには分からない。一喜一憂せず淡々と頑張るしかない。

  • 米国で習った一番大切なことは、研究者として成功するには「ビジョンとハードワーク」、つまり目標をはっきり持ち、一生懸命やることです。当時のロバート・メイリー所長が教えてくれました。これは当たり前のようで難しい。日本人は勤勉なのでハードワークは得意です。でも、ビジョンがなければ無駄な努力になってしまう。

  • 臨床医を辞めて研究を志した最大の理由は、当時担当した患者さん、そして父の命を救えなかったことが大きいと思います。父は、私が研修医として歩み始めた頃に亡くなりました。重病に苦しむ人々を何とか救いたかった。もちろん手術も1つの方法ですが、どんなに手術がうまい人でも、末期がんや脊髄損傷といった重病を根治させることは難しい。その時、「今は無理でも、20~30年後、病気を根本的に治せるとしたら、それは研究という手法しかない」。そう思いました。

  • 「いい失敗」からしっかり学ぶことが大切。それには、研究の作法に則って行なうのが基本。

  • チャレンジしないと、そこから先へは決して進めない。だからこそ、自ら進んで新しいことにチャレンジするようにしている。

  • 「これをやってもムダだ」と思っていては、何もできない。やってみなければ分からない。

  • かつては、研究者ひとりひとりが言ってみれば職人のような感覚だったと思います。ですから何かある特殊な実験技術を身につけて、それを武器にするという研究者が多かったように思います。でも今はいろいろな技術が自動化されたりしていて、ある技術を持っているだけですごく有利になるということはあまりないと思います。それよりも新しい技術を持ったいろいろなグループと、共同研究などで大きなグループを作って役割分担しながら、自分の仮説なりをいち早く証明していく、そういう能力が必要とされています。昔はけっこう個人プレーとか非常に小さなグループでどんどん研究が進みましたが、今は違う大学、違う国の人といち早く協力する、そういう能力のある人の方がいい成果をどんどん出していると思います。

  • 失敗すればするほど幸運は来る。若い間に、いっぱい失敗して、挫折してください。

  • 独創的じゃなくてもいいからまず実験に取り組んでみて、その結果を色のない目で見られるかどうか。独創力を発揮できるか否かは、そこにかかっているんじゃないかと思います。

  • ノーベル賞を受賞するとは思っていなかったので家にいた。洗濯機がガタガタ音がするので直そうとしていたところ、携帯電話が鳴ってそれが英語だった。それで知った。

  • 日本では創造的な仕事をしているかよりも、話がうまいとか、有力な研究室の出身かどうかなどで評価される。やる気のある若い人にきちんとチャンスが与えられる環境づくりが必要だ。

  • 9回失敗しないと、なかなか1回の成功が手に入らない。

  • メンバーが本当に、「心」で動いてくれないとダメですね。決して給料が高いわけでもなし、ミッションは難しく、時間もかかる。だから心意気で動いてくれる人をどれだけ集められるかは、本当に大切だなと感じます。

  • 再生医療に限らず、科学にはすべて功罪をもたらす二面性があり、いわば諸刃の剣です。iPS細胞もうまく使えば人類の健康と福祉に貢献しますが、人工的に新しい生命すらつくることができますから、使い方を間違えれば恐ろしいことが起こりえます。どこまでが許され、どこからが許されないのか。これは非常に大きな問題です。ですから、それを研究者だけで決めるわけにはいきません。文系の方、倫理の専門家、一般市民、患者さんやその家族、そういった方々と一緒に議論を進めていく必要があると思っています。

  • 奈良先端科学技術大学院大学に行ったのはよかったのですが、またゼロからのスタートです。環境も変わり、研究にも時間がかかる。最初の3年くらいは、なかなか良い論文が書けませんでした。この間、非常にもがき苦しみました。そんな時、いろいろな本を読む中で出合ったのが、「高く跳ぶためには思い切り低くかがむ必要がある」という言葉だった。「そうか。今、自分はかがんでいるんだ。ジャンプするためにかがんでいる時期なんだ」と。その言葉に出合ったことで救われたし、明日への励みにもなりました。

  • やるかやらないかの選択を迫られた時に、「やらなくて後悔するくらいなら、やってから後悔しろ」とよく言われますが、私もこれを実践するよう心がけています。そもそも飽きっぽい性質なので、何かしていないとすぐ飽きてしまう、ということもある。

  • 研究者は役に立つかわからないものを研究すべきだし、科学研究費助成事業のように、海のものとも山のものともつかない研究を支援する仕組みが、国全体の技術力を維持するうえで非常に大切です。

  • 今までわからなかった真実を見つけるような新しい研究であれば、どんなことでも必ず役に立つ。5年後に何の役に立つかわからなくても、いつか絶対に役に立つ時が来る。

  • 日本の国力を高めるためにも、日本人が知的財産をしっかり獲得していくことは本当に大切です。たとえば中東の、これまではオイルマネーで非常に潤っていた国も、知的財産、科学技術にどんどん投資していこうという動きが起こっています。 それは、国際連携をしっかりやるなかで、非常に大切なプレイヤーとして日本人が光り輝くということが大切だと思います。ヒトのゲノム解読の時も、最終的には日本の貢献はずいぶん少なくなってしまいましたので、やはりこれから科学技術の分野で貢献度を高めていかないと、どんどん置いてきぼりになっていってしまうんじゃないか、という危惧を持っています。

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山中伸弥について

山中伸弥は人工多能性幹細胞(iPS細胞)を開発した日本の基礎医学者。iPS細胞により細胞の初期化及び細胞の多能性の獲得に成功し、2012年のノーベル生理学・医学賞をイギリスのジョン・ガードンとともに共同受賞した。iPS細胞は、身体のあらゆる細胞に分化する能力を持つ細胞であり、病気の治療法の発明や、新薬の開発、さらには人間の細胞や組織を作り出して移植する再生医療への活用が大きく期待されている。

1962年(昭和37年)9月4日、大阪府枚岡市生まれ。神戸大学医学部卒業後、国立大阪病院で臨床研修をしたのち、大阪市立大学医学研究科に進み、1993年に医学博士号を取得。同年から1996年までアメリカ・グラッドストーン研究所で博士研究員を務めた。この頃、トーマス・イネラリティ教授の指導の下、iPS細胞研究を始めたという。その後帰国して大阪市立大学助手。1999年、山中伸弥は奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センターの助教授に就任し、2003年に教授に昇進。2004年から都大学再生医科学研究所教授。2006年、マウスの皮膚の線維芽細胞に 4個の遺伝子を導入するだけで 多能性幹細胞ができることを発見。これをiPS細胞と名付けた。iPS細胞以前にもES細胞と呼ばれる多能性幹細胞が存在していたが、これは受精卵から細胞を取り出しそれを培養して作製されるため、倫理的・宗教的な反発が大きく、世界各国で規制が進んでいた。一方iPS細胞は体細胞から作成できるため受精卵を使用することがなく、倫理的・宗教的な問題を回避しやすいことが大きな利点であった。さらに2007年に山中伸弥は大人の人間の皮膚に4種の発癌遺伝子などの遺伝子を導入するだけで、iPS 細胞を生成する技術を開発。

2010年、山中伸弥は新設された京都大学iPS細胞研究所の所長に就任。京都大学iPS細胞研究所はiPS細胞の研究はもちろん、iPS細胞の普及に向けた知的財産の管理、各国の規制への対応、広報活動などに包括的に取り組んでいる。2012年iPS細胞の発見の功績によりノーベル生理学・医学賞をジョン・ガードンと共同受賞。その他にもアルバート・ラスカー基礎医学研究賞(2009年),京都賞先端技術部門(2010年),ウルフ賞医学部門(2011年)、文化勲章(2012年)など多くの賞・勲章を受賞している。